京町通りと菊姫伝説

趣のある京町通り。糀屋本店の看板も見える なかなか趣のある街並みである。左側に「糀屋本店」の看板が見える。よく「塩糀(こうじ)ブームの火付け役となった」などと紹介され、名前は知っていたが、佐伯市のどこにあるかは知らなかった。さて、右側の建物もなかなか年代を感じさせる。「旅館宝来屋」。今回の話の中心人物である染矢邦英さんが経営している。染矢さんの名刺には「木造三階・日本風情を楽しむお宿」と書かれてあった。 染矢さんは佐伯藩弁財天様参り「菊姫行列」実行委員会会長を務めている。
 女性の形の看板に通りの由来が書かれている女性の形の看板があった。「ここは船頭町京町通り」とあり、通りの由来が書かれている。「かつては『裏ノ丁』と呼ばれ、大日寺の門前町として町屋が形成された。明治以降は佐伯中心地の歓楽街として賑わった。昭和五年の裏ノ丁大火で二十数戸が消失、類焼を免れた糀屋は元禄二年創業の老舗である」。大日寺は最初の写真の正面奥にあるお寺である。慶長13(1608)年に創建された大日寺歩いて行くとここにも案内板があった。それには「大日寺は慶長13(1608)年初代藩主・毛利高政の代に秀乗律師によって、藩の武運長久、領内の安全祈禱所として創建された真言宗の寺」などと書かれている。

 ここに伝わる「菊姫伝説」があるそうだ。それはどんなものか。佐伯市のホームページには「醜女(しこめ)菊姫」が紹介されている。
「今からおよそ200年前、佐伯藩の家老に18になる娘がいた。誰もが嫁にほしがるほど美しい娘だったが、あるとき顔に吹き出物が出始めた。それがだんだんと広がり、見るも痛ましい顔になった。家老夫婦はあちこちの医者を訪ねて回ったが、さっぱり効き目がない。ある朝のこと、一心にお経を読み上げていた菊姫の目の前を一筋の光が横切ったかと思おうと、重々しい声が響いた。『おまえの病気は大日寺の弁財天にお祈りすれば治るであろう』。菊姫はこのお告げを信じた」云々と続いていく。

 結果、菊姫の病気は完治した。「そこで菊姫は弁財天にお礼参りに行った」。染矢さんたちが考えた菊姫行列の再現ストーリーである。

 国のまちづくり交付金で街並みはきれいになった。ここに活気を取り戻そうと7年前から始めたのが「菊姫行列」だった。今年は「さいき春まつり」初日の4月2日夕に行われる。

 どんな感じなのか。ちょっと古い映像だが、「菊姫行列」実行委のサイトにプロモーションビデオがあった。

 城下町の風情を感じさせる街並み佐伯城址周辺には城下町の風情が残っている。落ち着いた街並みとあでやかな衣装、無数の「竹灯籠」が街路を照らす雰囲気はぴったりとはまりそうだ。

 菊姫が乗る車がJR佐伯駅に展示されている菊姫行列で菊姫が乗る車も新調され、JR佐伯駅の構内に展示されている。

 中心市街地の空洞化と郊外への大型店の進出-。この構図は佐伯市も同じだ。気がつけば、自分もちょっとした買い物をするのもクルマを使っている。一つのイベントでこうした流れが大きく変わるとは思えない。だからといって何もしないのでは衰退の一途だろう。続けていくこと、そして、広げていくことが大事だと思う。

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