豊後大野、竹田、そして

 クルマで一度でも走っていれば、何かあった時に慌てなくていい。おおよその見当もつく。時間があるときに佐伯市の西隣にある豊後大野市緒方町にある原尻の滝は東洋のナイアガラと呼ばれる豊後大野市とその先の竹田市に行ってみることにした。国道10号を北に向かい、臼杵市野津町で国道502号に乗り換えた。しばらく走ると豊後大野市に入った。同市は5町2村が合併して生まれた。国道502号は三重、清川、緒方の旧3町を抜けて竹田市に通じる。

 竹田市に行けば熊本県は目と鼻の先だ。結局、国道57号に出て、熊本・阿蘇にも行ってみることにした。

 豊後大野市緒方町と言えば東洋のナイアガラとして知られる「原尻の滝」がある。写真を撮るためにちょっと寄り道をした。滝の横には道の駅原尻の滝がある。

 ばたばたと撮影すると再び国道502号に乗って竹田市へ。竹田市が設けた南阿蘇村支援のためのボランティアセンター同市が荻町に開設した「南阿蘇支援ボランティア竹田ベースキャンプ」を訪ねてみることに。現在の竹田市も平成の大合併で1市3町が一緒になって誕生した。荻町は竹田市の中心部から距離がある。ボランティアセンターへの案内板はところどころに途中4カ所ほどにあった案内板を頼りに県道135号を走った。竹田ベースキャンプはJR豊後荻駅近くにある。着いたのは午前11時過ぎ。ボランティアのために用意された駐車場にクルマが残されているだけだった。

 さて、ここまで来たら、もう少し先に進んでみるか。時間もあるし。そう思った。荻町から県道を使って国道57号に出た。国道57号で大分県から熊本県に入ったそれを少し走ると熊本県に入った。時間は昼近い。しばらく走って目に入った「道の駅波野」の案内板を見て、ここで休憩することにした。次に立ち寄った「道の駅阿蘇」もそうだが、道の駅波野も普通に営業している。

 国道57号沿いで営業している飲食店などはどこも店の前に幟を出しているから、すぐ分かる。道の駅波野では波野そばの幟がはためいていた道の駅波野でも「波野そば」と書かれた緑の幟が風を受けて元気にはためていた。道の駅にある農産物の販売コーナーなども通常通り営業しているようだ。そこを通って奥にある「そば処『岩戸開』」へ。そばだけでは少し物足りないかなと思ったので、注文した「ミニカツ定食」は個人的には量が多かったミニカツ定食(1100円)を注文した。おいしかったが、個人的には少し量が多くて 腹いっぱいになった。今度はそばだけにしてみるか。

 多くの店舗や会社が営業を再開している一方でブルーシートで屋根が覆われた家々も少なくない。復旧が進んだところと、そのめどすらつかない部分が両方存在する。考えてみれば当たり前のことだが、それを正確に外部に伝えることは簡単ではない。

 大きな被害を出した阿蘇神社では参拝者が絶えなかった阿蘇神社の情景が象徴的に思えた。大きく壊れた神社の建物。その前に何もなかったかのように見える参拝者の姿がある。新たに参拝するところが設けられて若い人も高齢者も訪れている。見ている間、参拝者は絶えなかった。「日常」と「非日常」が隣り合わせにある。見ている方が何だか不思議な気持ちになった。被災地のさまざまな現実を適切に伝えるのは難しいなとあらためて思った。

 阿蘇神社を出て、もう少し西にクルマを走らせた。この先57号は全面通行止めの看板がすると「この先57号線 全面通行止」の案内板が。南阿蘇村に入ったばかりのところだろう。今日(7日)はここで引き返すことにした。

 

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