アジサイとツツジの競演

 吉四六さんのモデル、廣田吉右衛門の銅像はツツジの花に囲まれていた「とんち」と言えば大分県では吉四六(きっちょむ)さんである。そのモデルは江戸時代に実在した廣田吉右衛門。その銅像の周りは満開のツツジで彩られていた。ツツジばかりではない。目を他の場所に移せば、アジサイもところどころで花を付けている。緑を刈り込んで浮かび上がる「吉四六ランド」の文字。手前は新築されたばかりの吉四六さんの家。あいにくの雨だったが、緑豊かな吉四六ランドでは花々が浮き立っていた吉四六ランドはサクラの名所として知られるが、サクラだけでない。春の大型連休の頃は藤の花もきれいだったらしい。

 臼杵市野津町の吉四六ランドに初めて行ってみた。野津町中心部に近い小高い丘の上にある。「ランド」と聞くと遊園地のようなものを想像する。今年2月に新たな遊具が整備されたというから、なお遊園地のイメージが膨らんでいた。

 陸上競技場、野球場、テニスコートとゲートボール場があり、実際は運動公園と言った方が適切だ。駐車場を挟んで野球場などとは反対側に大きな池を囲んだ緑地帯があり、その奥に子どもたちのための新しい遊び場ができていた。

斜面全体がツツジの花で覆われていた。 ツツジが満開の場所がもう一つあった。そこに説明板があった。「秋葉社(願かけ秋葉)」「祭神 秋葉三柱大神」とある。江戸時代に大火があり、人々は困窮した。そこで秋葉三柱大神を祭り、火難退除五穀豊穣を祈願したそうだ。

遊歩道のあちこちでアジサイの花が咲いていた 池の周りの遊歩道ではあちこちでアジサイが花を咲かせていた。雨の中、カメラを片手に、傘をさしながらうろちょろしていると声をかけられた。「いいのが撮れましたか」。見ると向こうもカメラを片手にした年配の人だ。「いいえ。なかなか」と言葉を返した。実際自分が見たり、感じたりしたものがそのまま伝わるような写真を撮るのは難しい。いつも思う。

 さて、一通り見たが、ここにあるという「ほんまもんの里 農業推進センター」が見つからない。吉四六さんの家からクルマで吉四六ランドの入り口に戻り始めたときに坂道を見つけた。それを上がったところに農業推進センターは以前の宿泊施設の再利用だという農業推進センターがあった。何でこんなところにと思ったが、後で昔の新聞記事などを読んで了解した。ここは以前はレストランと入浴・宿泊施設の「おへまハウス」(おへまは吉四六さんの妻の名前)だった。

 「おへまハウスは総合レジャー公園『吉四六ランド』の中核施設として、地域の観光をリードしてきた」と記事にある。臼杵市長を社長とする第三セクターの運営会社が集客に努めたが「目玉の入浴施設が赤字の原因となり、構造的な赤字解消はならなかった」と記事は言う。結果、おへまハウスは2006(平成18)年4月に休業を決めた。

 中核となる宿泊施設だから、全体が見渡せるような一段高い場所にあったのだ。

 臼杵市と野津町が合併して新臼杵市が誕生したのが2005(平成17)年だった。06年当時の市長は旧臼杵市長(新設合併に伴う市長選は無投票で当選)。合併直後であり、地域観光への影響を考えると、おへまハウス休業は市長にとって難しい決断だったろう。

  遊園地を連想させる「ランド」の文字があるのはただ昔の名残ということなのか。

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