夜とホタルと駅呑みと

 下ノ江駅に開店した立ち飲み食堂は午後6時前から盛況に「下ノ江(したのえ)駅に『蛍を見ながら』の立ち飲み食堂を開店します」―。日時は6月4日午後6時から午後9時ごろまで。こんな内容のファックスが臼杵市役所から届いたのが2日だった。主催は下ノ江地区ふれあい協議会。昨年10月、12月に続いて3回目。10月は150人、12月は120人の来店があったという。面白そうだからと行ってみると、午後6時前から駅呑みが始まっていた。

 開業100年を過ぎた下ノ江駅。駅舎は大きな民家のようだ。下ノ江駅の歴史は古い。1915(大正4)年に臼杵駅と一緒に開業し、昨年100周年を迎えた。駅呑みの企画も開業100年がきっかけになったという。

 JR日豊線の駅は臼杵市内に五つある。ホームはローカル線の駅らしい雰囲気。1時間に4本が最多。1時間に1本だけの時間帯も。北から「佐志生」「下ノ江」「熊崎」「上臼杵」「臼杵」。特急列車が停車するのは臼杵駅だけだ。

 住民の足が鉄道から自動車へと移って長い。都会と違って鉄道も駅も利用者は多くない。「シシ肉300円」など駅待合室には手書きのメニューが普段は足を向ける機会がない駅舎を使って交流の場をつくる。良い試みだと思う。駅待合室には手書きのメニューが張られていた。

 駅舎に入りきれない人のために駅前にテントが設置された待合室に入りきれない人のために駅舎の前にテントも張られた。ちょっとしたお祭り気分だ。あいにくの雨だが、お客が次々とやってくる。

 福岡県内で一部残っていた区間が開通し、東九州自動車道は北九州市と宮崎市間が4月に全線開通した。この高速道路をテコに地域活性化、観光振興を図りたい。大分県南の臼杵、津久見、佐伯3市の共通した思いである。

 高速道路に注がれる熱い視線がかつては鉄道に向けられた時代があった。臼杵市史によると、1894(明治27)年に東京の実業家が熊本、大分、臼杵を結ぶ豊肥鉄道の建設を願い出たなどとある。この頃から鉄道敷設熱が高まっていったという。

 その後、別府から大分を経て竹田に通じる南豊鉄道と、佐伯を起点に南の日向、延岡に至る日豊鉄道などの構想が描かれ、構想から外れた臼杵で危機感が高まった時期もあったという。

 鉄道をわが町に通すために人々は何でもやった。逓信大臣で鉄道院総裁の後藤新平が臼杵を訪れた時は至れり尽くせりの大宴会を催した。

 「コップは門司から、寝具は京都から、菓子は長崎から」取り寄せたと臼杵市史は書く。

 鉄道が通じ、駅ができる。当時の人々にとってこれ以上の誇りはなかったかもしれない。

 さて、駅のすぐ前を流れる下ノ江川。少し行くと蛍が見られるらしいが。下ノ江駅のすぐ前に下ノ江川が流れている。駅からしばらく行ったところで蛍が見られるという話だったが、土砂降りの雨の中で蛍を見物する余裕はなかった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です