ひゅうが丼~おまつりカレンダー③

 佐伯市内で昼食用に買った「りゅうきゅう丼」左の写真は「ひゅうが丼」ではない。ただ、イメージとしては当たらずとも遠からずといえる。津久見市が7月1日から「津久見ひゅうが丼キャンペーン」を始める。7月の行事表に書いてあった。年中食べられるのになぜ、わざわざキャンペーンをと不思議に思ったが、そこに関係者の苦心があるわけだ。

  さて、冒頭の写真の丼物は「りゅうきゅう丼」と書かれていた。佐伯市・葛港(かずらみなと)の魚市場近くにある「さいき海の市場○(まる)」で昼食にと思って買ったものだ。20日は特価ということで580円だった。

 ここは鮮魚や干物などの水産加工品を中心に寿司や総菜、パンや菓子、野菜なども販売。水産加工品は種類も多く、買い物客が絶えない。

 りゅうきゅう丼とひゅうが丼は何が違うのか。そもそも「りゅうきゅう」とは何か。

 30年以上前に大分で勤務した時の「りゅうきゅう」とは、アジやサバの切り身を醤油漬けしたものだと記憶していた。そうではなく、醤油漬けした魚の切り身全般を「りゅうきゅう」と呼ぶようだ。

 この日のりゅうきゅう丼の切り身はカンパチか何か、アジ、サバと違うものだった。買った店で聞くと、ここでも日によってりゅうきゅう丼に使う魚は違ったりするそうだ。

 あらためて写真を見ていただきたいのだが、丼の横に「あつめし」と書かれたオレンジの袋がある。袋の裏をみると「あつめしたれ(しょうゆ加工品)」とある。醤油漬けした魚の切り身を熱いご飯にのせたものが「あつめし」だ。

 つまり、実際に買った「りゅうきゅう丼」は酢飯に刺身が乗っており、醤油だれ(あつめしたれ)をその上にかけて食べるりゅうきゅう風、あつめし風の丼だったわけだ。それはそれで十分にうまかった。

 りゅうきゅうの話が長くなったが、ここで本日の主役のひゅうが丼に話を戻したい。

 ひゅうが丼とは何か。「マグロ」を「ごまだれ」で漬けた丼だ。ひゅうが丼のたれは150ミリリットルで400円津久見市の物産館「うみえーる」でひゅうが丼のたれを買ってみた。「マグロに本品をかけて漬け込んで下さい」と書いてある。原材料の標示を見ると、醤油、砂糖、米発酵調味料(みりんの一種)に次いで「ごま」とある。

 ごまが「あつめしたれ」と違うところだ。

 たれのビンには「保戸島の郷土料理」とある。昔の記事を見ると、「日本有数のマグロ漁の基地だった保戸島は、ピーク時の1980年代には160隻以上のマグロ船があった。約50日間の遠洋漁業を繰り返す漁師たちが、洋上で簡単に調理できるスタミナ食として丼を考案、家庭でも食べられてきた」(西日本新聞2011年10月22日付朝刊)などとある

 記事はさらに「津久見市観光協会などによると、保戸島出身者が二十数年前、市街地の飲食店でひゅうが丼をメニュー化」と続いていく。

 津久見市誌によると、津久見の遠洋漁業は明治末期に始まり、太平洋戦争前には保戸島に89隻の遠洋漁船があったという。しかし、終戦後には3隻しか残っていなかったと記す。

 遠洋漁業の再建は1951(昭和26)年に始まった。市が遠洋漁船建造の斡旋に乗り出し、保戸島漁協が漁協自営の木造船4隻の建造にかかった。この年12月には2隻が千葉県銚子沖へ出漁、遠洋漁業は復活したと市誌は書いている。

 マグロ料理を津久見の伝統、郷土料理としてPRするためにはこうした背景も必要だろう。ただ、津久見でマグロが広く流通するようになったのはもっと実際的な理由があったようだ。

 別の記事があった。西日本新聞の2011年8月28日朝刊でひゅうが丼の紹介があった。「18年前、津久見の市街地にマグロ加工販売会社ができたことで一変。鮮度の高いマグロが津久見市内外に広く流通するようになった」。

 そこで「マグロ料理による町おこしを主導したのは同市で魚料理店『浜茶屋』を営む加茂紀代子さん。2008年2月、市内の飲食店などで『津久見まぐろ研究会』を結成。10年1月に金沢市で開かれた『全国丼サミット』で振る舞うと、ゲストで日本料理人の道場六三郎さんが『これが丼の原点』と褒め讃え」となった。

うみえーるにあったひゅうが丼ののれん。窓には7月2日の津久見まぐろ市のチラシが貼ってあった ともかく津久見市で生まれたひゅうが丼を市外の人に食べに来てもらいたい。そこで津久見特産品詰め合わせセット(マグロ、ヒラメ、サザエ、ミカンなど)が当たるひゅうが丼キャンペーンを9月30日まで実施する。

 なぜ、夏か。キーワードは「漁師のスタミナ食」。これで夏を乗り切ろうというわけだ。

 詳しくは津久見市観光協会のホームページを。

 

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