石仏ねっとの生みの親

 午後から夜にかけて津久見、臼杵、佐伯と動き回ることになった。まずは津久見市長の定例会見に続き、臼杵市医師会立コスモス病院を訪ねた。夕方、臼杵市から佐伯市に戻って、夜7時からの大手前地区の再開発事業計画についての地元説明会をのぞいてみた。

 佐伯市の大手前地区は豊後佐伯城址(城山)に近い中心市街地。だが、他の都市と同様、空洞化が進む。今回の再開発事業は中心市街地再生の切り札と位置づけられる。

 臼杵市のコスモス病院には「うすき石仏ねっと」の生みの親がいる。石仏ネットについては4月18日付佐伯支局長日誌「『石仏ねっと』ですか?」で一度取り上げたことがある。ただ、その時は「生みの親」には会わなかった。

 この日の取材についてはあらためて整理してご報告したい。とりあえず、今晩はコスモス病院のホームページにあった「石仏ねっと」の解説動画をご紹介させていただく。 続きを読む 石仏ねっとの生みの親

厳しい3セクの経営実態

 佐伯市議会の9月定例会が始まった。会期の決定や一般会計補正予算案などの議案の上程、市長による市政諸般の報告と議案の提案理由の説明が行われた。引き続き、市と民間で共同出資する企業などの2015(平成27)年度決算が報告された。

 「第三セクター」という言葉も最近はめったに聞かなくなった。国や地方自治体が行う事業(第一セクター)、民間企業が行う事業(第二セクター)に対し、官民共同出資の事業が第三セクター(略称3セク)。一時は雨後の竹の子のように全国で次々に生まれた。そして、多くが経営に行き詰まった。佐伯市の官民共同出資企業(3セク)なども経営実態はお世辞にも良いとはいえない。 続きを読む 厳しい3セクの経営実態

にわか勉強する羽目に

 佐伯市議会の9月定例会が30日に開会する。それに先立って佐伯市議会議会改革調査特別委員会の中間報告が出された。焦点は現在の定数26の見直し。今年5月以降、特別委で6回の協議を重ねてきた。その結論は定数1減の25が最善というものであった。 続きを読む にわか勉強する羽目に

「B-1」は胸突き八丁に

 JR大分駅前広場に行くと太鼓の演奏が行われていた28日午前のJR大分駅前広場に太鼓の音が響いていた。佐伯市の鶴岡八幡太鼓の演奏だという。27、28日と大分駅前広場で「『食』のまち佐伯」をPRする催し「味力全開!喰うちょくれ佐伯inJRおおいたシティ2016」が開かれた。ポスターには「佐伯の食が大集合」とあったが、個人的には佐伯の食のオールスターと呼ぶのははばかられる気がした。 続きを読む 「B-1」は胸突き八丁に

蔵書検索に落とし穴が

平松前知事の著書などが展示されていた 8月26日付読売新聞朝刊の「大分版」に大分市民図書館に平松前知事の追悼コーナーが開設されたと書いてあった。市民図書館があるホルトホールはJR大分駅上野の森口(南口)のすぐ前にある。図書館の2階に平松さんの著書や共著など10冊が展示されていた。市民図書館で「平松守彦」と検索すると33件の蔵書があった。

 ところが、大分県立図書館の横断検索を使って大分市民図書館の蔵書数を調べてみるとまったく違う数字が出る。横断検索で「平松守彦」と入力すると、大分市民図書館の蔵書数は5件と表示された。「33」と「5」。この差は一体何か。 続きを読む 蔵書検索に落とし穴が

キリシタンと南蛮文化

 臼杵市野津町下藤地区をあっちに行ったりこっちに行ったり、キリシタン墓地の案内板は小さかった。クルマで地区内の道路を上り下りするうちに小さな案内板を見つけた。案内板の矢印通りに更地に沿った狭い道を進むと、その先に何か見えてきた。そこが「大分県史跡指定下藤地区キリシタン墓地」。なぜ、ここを訪ねたのか。キリスト教の伝来から隆盛、迫害に至るほぼすべての歴史が臼杵市にある遺構群によって分かる。手にした資料にそう書かれてあった。ならば訪ねてみようかと考えた。 続きを読む キリシタンと南蛮文化

一村一品運動~その③

 「分権文化論の音楽風土考も一読の価値あり」。そんなご指摘を受けたのでネットで検索してみた。平松さんの分権文化論は一冊の本になった。音楽風土考は、21日に亡くなった前大分県知事の平松守彦さんが1999(平成11)年5月から2002(平成14)年2月まで読売新聞に連載したものの一つである。連載は再編集、加筆され「地方からの変革」のタイトルで02年5月に角川書店から出版された。

 津久見市民図書館にあったのでパラパラとめくってみると、巻末に「一村一品運動とローカル外交の歩み」と書かれた年表があった。見た瞬間に「これは使える」と思った。 続きを読む 一村一品運動~その③

一村一品運動~その②

 津久見扇子踊りの歌詞を津久見市役所秘書課広報担当からFAXで送ってもらった。20日の踊り会場で聞いた「三勝(お民伴三)」「津久見おんど」の歌詞も一緒にお願いした。

 津久見扇子踊りの歌詞は難しい。
「頃は人皇 二十と七よ」「時の大臣の納言の公に」「玉津姫とて一人の娘」「三輪のみ神の御告をうけて」「豊の国へと御下りなされ」「真名の長者の玉田の里に」「尋ねなされて契りを結ぶ」と続く。この後さらに2人の人物が登場し、物語が進んでいく

  1985(昭和60)年3月発行の「大分県の民謡」(大分県文化財報告第68輯)の津久見扇子踊りはカッコ書きで炭焼小五郎口説とある。

 炭焼小五郎は後に歌詞にある真名の(真名野)長者となる。津久見扇子踊りの歌詞は炭焼小五郎とその家族の物語ということになる。

 だが、ここでの話のポイントは炭焼小五郎ではない。「大分県の民謡」の方にある。 続きを読む 一村一品運動~その②