国木田独歩を巡る動き

 明治の文豪・国木田独歩(1871―1908)を巡る新たな動きがあった。それは何か。佐伯独歩会のホームページができたと案内があり、PRに一役買ってほしいと佐伯記者クラブに話があった。佐伯市民を含め広く独歩を再認識してもらい、親しんでもらうためだと言う。ならばとこの日誌でも紹介することにした。

 意味深長な書き出しは興味をそそるためである。佐伯独歩会は本年度の佐伯市活性化チャレンジ事業(補助限度額50万円)に応募し、支援が決まった。今回のホームページ開設も計画の一つだ。

 国木田独歩は1893(明治26)年から翌94(同27)年にかけて佐伯の鶴谷学校で教師として過ごした。佐伯での経験が後の独歩の作品に大きな影響を与えたことは良く知られている。独歩が下宿した屋敷は現在国木田独歩館に独歩が弟とともに下宿した坂本永年邸は今、「国木田独歩館」となっている。一度行ってみようと思いながら、通り過ぎるだけだった。

 独歩の作品もそうだ。佐伯市立図書館には独歩のコーナーがある。一度二度と手にとっては見るのだが、パラパラとめくるだけで一冊もまともには読んでいなかった。

 独歩が暮らした下宿の2階の窓から見える現在の風景佐伯独歩会の話をきっかけにまずは国木田独歩館を訪ねた。独歩が弟と暮らしたという主屋の2階から外の風景を撮ってみた。現在の眺めは当然ながら当時とは違う。とはいえ少しはタイムスリップした気分になる。

 主屋から土蔵へと廊下がつながっている。土蔵の2階は小さな図書室となっていて、椅子やテーブルが置かれている。ここでデジタル版の独歩の作品を読むことができる。作品を読みながら、モデルや時代背景などの解説や写真も見ることができる。落ち着いた空間でゆっくり読書できそうだ。

港に近い公園にある源おじと紀州の像 デジタル文庫ではとりあえず処女作という「源おじ」(おじは叔父か?)を読んだ。古色蒼然とした表現や文章だと感じるが、読み進めていくと、人間の哀しい物語が実感できる。

 佐伯独歩会の歴史は古い。配布された資料によると、発足は1933(昭和8)年にさかのぼる。今年で83年になる。

 ただ、最近はどうだろう。「明治の文豪と私たちの距離がますます開いていくのを痛感します」と佐伯独歩会は言う。佐伯市民の独歩に関する関心も薄れているという。

 だから、まず佐伯市民に独歩と佐伯の関わりを改めて知ってもらう。そして、独歩の作品の基となった佐伯の素晴らしさを語り継ぎ、全国に発信していく。そのためのホームページの解説だと独歩会は説明する。ホームページは更新を続けていき、内容も充実させていくという。

 独歩を再認識、再評価してもらうには「今、なぜ独歩なのか」をはっきりと打ち出す必要があるだろう。

 正直に言って、個人的には今、独歩の作品を読む意味をあまり感じていない。ただ、「時代の違い、社会環境の違いなど超えて、独歩の思想、人間観、自然観が現代に通じている」ことがはっきり示されれば違ってくる。改めて独歩の作品が広く読まれる契機になるのではないか。

 佐伯独歩会には「今、独歩の作品を読む意味」を分かりやすく説明してほしい。

 

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