図書館と吉丸一昌先生

 7月23日の佐伯支局長日誌で「吉丸一昌記念館」を見学した話を書いたところ「もう少し勉強して下さい」との注文をいただいた。そこで今日はちょっと時間が空いたので「吉丸一昌」をキーワードに検索をかけてみることにした。城下町の町並みにあった臼杵図書館の建物臼杵市立臼杵図書館では「吉丸一昌望郷の歌」(吉田稔著 臼杵音楽連盟発行)以外は見つけることができなかった。ならばと大分県立図書館横断検索システムを使って、県内の図書館の蔵書を調べてみた。

 大分県先哲史料館の研究紀要第10号(2005年6月)に吉丸一昌(1873~1916)に関する資料があった。研究紀要第10号は佐伯図書館や中津市立小幡記念図書館、別府市立図書館などにある。

 「大分の先人たち」(大分県小学校道徳教育研究会編著 光文書院発行)も「吉丸一昌」のキーワードで出てきた。これは別府のほか、大分市民図書館、国東市図書館にあった。

 ここだけというのは由布市立図書館にあった「わき出づる国歌 吉丸一昌 魂の貴香花」(夢一ペン冬著 文芸社発行)である。出版年を見ると2006(平成18)年6月と比較的新しい。

 資料の数は多くない。借りられるものは佐伯市立図書館経由で借りて、少しずつ読んでいこう。

 大分県内だけでなく、よそも見てみようか。例えばと長崎県の蔵書検索システムに「吉丸一昌」のキーワードを打ち込んでみた。すると、該当件数20件、所蔵館数10館と出た。うち長崎市4件、長与町2件、諫早市2件などとあり、長崎大学も1件あった。

 長崎県立図書館の1件を表示すると「吉丸一昌望郷の歌」で、詳細情報の一番下に「長崎県立長崎中学校校歌の作詞者」と書いてある。吉丸先生が長崎中の校歌作詞者なのだろうか。あらためて聞いてみないと分からない。

 もう一つ、長崎大の蔵書の詳細情報を見てみた。「新撰作歌法」(吉丸一昌著)とある。出版社は敬文館で、出版した年は1913(大正2)年6月。吉丸先生が亡くなる3年前だ。

 この本は長崎に行かなくても読める。国立国会図書館のデジタルコレクションにある。国会図書館デジタルコレクションでは一足先に吉丸一昌著の「日の丸王 世界探検お伽噺し」を読んだ。

 「はしがき」の冒頭に世界探検唱歌を作るために集めた資料だが、それを童話にすることになったとの経緯が書かれている。はしがきの日付は明治43年9月3日。西暦でいえば1910年となる。

 日の丸王は土人形の金太郎と黒熊、土笛の鳩を引き連れ、ブリキの軍艦でまずは北極探検に乗り出す。そこから南洋へ、オーストラリア、インド、タイ(シャム)と駆け回る。

 国会図書館のデジタルコレクションをさらに調べると「吉丸一昌」関連の資料がもっと見つかりそうだ。

 ついでに福岡県の図書館も調べてみた。そこから「研究発表吉丸一昌とは誰か:早春賦で解く唱歌ミステリー」(川崎寛 北海道地区大学図書館協議会 2001年8月10日)なども見つかった。

 タイトルは興味をそそる。手当たり次第に読んでいくのは、回り道であり、非効率だが、合間を見ていろんなものを読んで自分なりに考えてみたい。

 臼杵史談会の臼杵史談でも第62号(1971年3月)、第64号(1973年4月)、第65号(1974年4月)、第69号(1978年7月)などで取り上げているようだ。ひょっとしたら臼杵市では以前の方が「吉丸一昌」研究が盛んだったのではないか。

 臼杵市は「吉丸一昌」に関する新旧の資料をもっと積極的に集め、整理し、情報発信してはどうか。興味を持った人の「もっと知りたい」という思いに応えていけば臼杵に行ってみたいと思う人が増えるかもしれない。 

「図書館と吉丸一昌先生」への2件のフィードバック

  1. くれぐれも郷土の偉人顕彰だけに陥らないでくださいね。唱歌に関していうなら地方はみなそこで地域活性化をと色気を出して史実を歪めてきたのです。九州という地の利を生かすのであれば、湯原元一と吉丸一昌の関係をぜひとも調べていただきたいです。佐賀出身の湯原がなぜ音楽学校の校長になり、あの音楽学校黄金の10年をつくることができたのかがまだ分かっていません。湯原こそ尋常小学唱歌編纂を指揮したキーマンです。これからも支局長リポートを時々拝見します。楽しみにしています。頑張ってください。

    1. コメントありがとうございます。少しずつでも勉強していこうと思っています。

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