一村一品運動~その③

 「分権文化論の音楽風土考も一読の価値あり」。そんなご指摘を受けたのでネットで検索してみた。平松さんの分権文化論は一冊の本になった。音楽風土考は、21日に亡くなった前大分県知事の平松守彦さんが1999(平成11)年5月から2002(平成14)年2月まで読売新聞に連載したものの一つである。連載は再編集、加筆され「地方からの変革」のタイトルで02年5月に角川書店から出版された。

 津久見市民図書館にあったのでパラパラとめくってみると、巻末に「一村一品運動とローカル外交の歩み」と書かれた年表があった。見た瞬間に「これは使える」と思った。

 年表は182ページから205ページまで24枚を数える。知事となった1979(昭和54)年4月から最後の6期目の2002(平成14)年4月まで主要な出来事が列記されている。なかなか面白いし、勉強になる。

 さすがに1年目は少ない。3項目だけである。
○4月10日 第1期平松県政始動
7月6日 蒲江町(現佐伯市)を皮切りにまちづくり懇談会を開催
11月26日 町村長との懇談会で一村一品運動提唱

 24年間の平松県政の検証と総括。もう既にやられているだろうが、少し時間が経過した今あらためてやると、意外な結果、違う評価が出るかもしれない。

 音楽風土考とは違う話になったが、脱線ついでにもう一つ。年表に昭和57(1982)年8月5日「地方の時代シンポジウム大分」が別府市の城島高原で催され、全国から450名が参加―とあった。

 大分・城島高原で開かれた地方の時代シンポは本にまとめられたこのシンポジウムの模様が西日本新聞でまとめられ翌年出版されていた。これも津久見市民図書館にあった。当時の熱気が感じられてなかなか面白い。この中で東京大学の今村奈良臣先生がムラおこしの七つの条件といったものを挙げている。

 立地を生かす、資源を生かす、人材を増やし伸ばす、伝統技術を見直し近代技術を伸ばす、誇れる物を作るで、個性を生かす組織や豊かな生活文化をつくると続く。中でも強調したのが「誇れる物を作る」。当たり前と言えば当たり前だが、良いモノをきちんとつくるというのはそれほど簡単なことではない。

 脇道が長くなってしまった。音楽風土考は、明治時代になって西洋音楽が学校教育に取り入れられると、大分から多くの作曲家、音楽家が競うように輩出した。それはなぜかという話である。

 平松さんはその源流を大友宗麟の時代にみた。キリスト教に帰依し、西洋音楽に傾倒した宗麟の下で教会が建てられ、オルガンによるミサが行われた。

 キリスト教は禁止され、信者は弾圧された。地下に潜った信者とともに賛美歌「歌おらしょ(ラテン語のオラッィオ。祈りの意)は口承伝承された、

 明治政府の文明開化政策によって地下にあった「西洋音楽の水脈」が地表に噴出した。多くの作曲家、音楽家が大分から出現したのは必然であった。

 確かに面白い。音楽風土考でもうひとつ「へぇ―」と思ったのが「臼杵市は『街づくりは待ちづくり』」の一文。続いて「つまり、古いものの生かし方が分かるまで、ゆっくりと待って街づくりをしようとしている」と書いてある 。

 過去の街づくりの経緯も知らず、そんな見方もしていなかったので少々驚いた。知らないことだらけだ。

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