本社日帰り出張で休載

 9日は福岡市にある本社への日帰り出張。大分―福岡間は高速バスを使い、午前9時半前に福岡・天神に着いた。それから午後5時前まで会議室でほぼ缶詰めになったため、本日の日誌の題材はないままに。往復の高速バスの車内で、佐伯市内の書店で買った「教会領長崎 イエズス会と日本」(安野眞幸著 講談社選書メチエ)にざっと目を通した。

 系統だった勉強をしたわけでもなく、たまたま手にとった本だから、適切な評価ができるわけもない。ただ、イエズス会のあり方をめぐる内部対立などは面白い。ザビエルは日本での布教のためにイエズス会の経済基盤を安定させようとして南蛮貿易に力を入れた。

 しかし、そうした考え方には「イエズス会は『マモン』に仕えているとの非難を受けることになった」。マモンとは「富・財宝・強欲の化身」を意味し、「神とマモンに同時に仕えることはできない」はイエス(キリスト)の言葉だそうだ。教義に忠実であろうという人はザビエルのような発想は受け入れがたい。

 こんな本を読むようになった理由の一つがマレガ・プロジェクトである。9月1日付佐伯支局長日誌「マレガ神父を知らない」に書いた。プロジェクトはイタリア人のマリオ・マレガ神父が、江戸時代の禁教制度研究のために、戦前に大分県などで収集した史料群1万数千点が2011(平成23)年にバチカン図書館で発見でされたことに始まる。

 マレガ史料はキリシタン弾圧に関する資料としては最大の質量だそうだ。別のことをきっかけに、戦国時代のキリスト教の布教活動とその伝播に興味を持ったことは、8月26日付日誌「キリシタンと南蛮文化」に書いた。

 ちょっと前にはマレガ神父が書いた「豊後切支丹資料」を大分市民図書館で読んだ。確か1942(昭和17)年の出版だった。面白いものの一つがマレガ神父が直接聞き取っただろう小野セイ老女の証言である。子どものころ、正月には必ず天気の時は庄屋の家の前庭で、雨天の時は広い土間にむしろを敷き、踏み絵の行事をしたそうだ。それが8~11才の頃だという。

 江戸時代の禁教令のなごりは明治になってもあったようだ。

 9日に臼杵市と国文学研究資料館(東京)のマレガ・プロジェクト学術情報相互協力協定の調印式が臼杵市で行われた。

 前にも書いたが、「南蛮人」「南蛮文化」が当時の日本、日本人に与えた影響は、臼杵とか、長崎とかの狭い地域に限定されたものではない。

 とりあえずは守備範囲である佐伯、津久見、臼杵でもう少し勉強するとして、さらに九州、全国へと探索の範囲を広げられれば面白い。

 単に「休載」と書くのも芸がないので、余談めいた話を書いてみました。

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