椿原・八匹原・うめ秋大祭

祭り会場にひときわ目立つ集団がいた「うめ秋大祭もなかなかいいよ」。そんなことを言う人がいたので17日、うめ秋大祭の会場である宇目B&G海洋センターに行ってみた。祭り会場にひときわ目立つ集団がいる。「鳶野尾(とびのお)神社」「千束」と文字が書かれた幟が見える。

 「千束楽(せんぞくがく)」という踊りのようだ。他に比べてちょっと目立つ。派手なのは理由があるようだ。宇目町誌によると、千束楽の由来について以下の説がある。

 鳶野尾神社の祭神は佐伯惟冶(これはる)であるが、惟冶が栂牟礼(とがむれ)城にいるときに臼杵長景の奸計によって取り囲まれた。長景の偽りの起請文によって城を出た惟冶は日向三河内に落ちていった。そして、武運つたなく土豪甲斐一族に討たれたという。

 背中に付けた色とりどりの飾りは観客に1本1本渡される千束楽は、そのとき生き残った重臣が惟冶の遺品を守って女装して敵陣を抜け出した様子を踊りにしたものだといわれている。

 佐伯惟冶の栂牟礼城悲話は佐伯市歴史資料館で聞いた覚えがある。

 戦国時代の大永6(1526)年から7(1527)年にかけてのことだ。惟冶は肥後の菊池義国、筑後の星野親忠と一緒に府内攻略をしようとしたのがばれてしまった。これに怒った大友義鑑は臼杵長景、佐伯惟常に一万の兵を与えて栂牟礼城を攻めさせた。惟冶は守りを固め、ひたすら肥後・筑後からの援軍を待った。

 最後は身の安全は保証する」との言葉に応じて出てきた惟冶が命を落としたのは大永7年だった。

 話が、うめ秋大祭から大きく外れてしまった。もう一度祭りに話を戻そう。

 最初に重岡地区の酒利熊野神社の酒利獅子舞が披露された宇目を代表する二つの祭りがある。一つは鷹鳥屋神社を中心とした椿春祭典と、もう一つは鳶野尾神社・八柱神社を中心とした八匹春(はちひきばる)祭典である。この二つが4年ほど前に「うめ秋大祭」として一緒に行うようになったそうだ。

 市の補助もあり、お祭りはラーメンや炭火焼き、佐伯名物ごまだしうどんの店もその分、大がかりに、にぎやかになった。会場には露店・屋台も数多い。佐伯名物のごまだしうどんの店もあった。

 披露されるのも獅子舞ばかりではない。毛槍のような道具を肩にした一隊も杖を使った踊りがあったり、毛槍のようなものを使う一隊も。白熊(はぐま)と呼ぶようだ。宇目地区には塩見白熊と釘戸白熊があると宇目町誌にあった。

 同じ重岡地区でも重岡獅子舞と酒利獅子とは違いがある午前10時半に始まったお祭りは午後も続き、夜7時ごろからは花火大会も計画されているようだ。午後から出演予定の子どもたちは少し待ちくたびれたような様子も見えた。台風16号の影響が懸念されたが、おおむね天気に恵まれ、日差しは厳しかった。

 祭り会場近くで見つけた黄色い彼岸花会場の外では稲穂が実り、彼岸花も咲いていた。台風被害もなく、このまま収穫の時を迎えられればいいが。

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