同じルートを2回往復

20日に水をたたえていた蒲江翔南中学の校庭から21日には水が引いていた 台風16号による被害状況の報告の第3弾となる。路地一つ違えば状況も異なるかもしれない。そう思って、中に一歩踏み入れると、台風の爪痕が確かに残っていた。ただ、午前、午後と2回、同じルートを往復することになるとは思ってもいなかった。

 12年前の台風12号の記録をとどめる標識午前9時過ぎ。市中心部に近い堅田川沿いの長良地区を目指した。この地域には右の写真の標識があちこちに立っている。12年前の10月20日に来襲した台風23号によって、どこまで水かさが増したかを示す「湛水(たんすい)位」が赤い色で表示されている。

 公民館1階の灰色の壁は濃い部分と薄い部分がある。濃い部分が水か上がって来た高さを示す今回の台風16号はそれ以来の大水をもたらしたという。長良柏江地区に行くと地区公民館を掃除している人がいた。どこまで水が来たのかと聞くと、1階手前のシャッターが上がったところの壁を指した。薄い灰色と濃い灰色に分かれた壁が見えるだろうか。濃い灰色はここまで水位が上昇したことを示す。

 短時間に集中して雨が降ったため、柏江地区から水を排出するポンプの能力が追いつかなかった。 12年前の台風23号と比べると水位は少し低いというが、大人の背を超えるほどで、この地区で空き家を含む23戸が床上浸水したという。

 柏江地区の被害を確認し、次は佐伯市蒲江へ。20日は国道388号を使ったが、21日は県道37号で行ってみることに。途中の青山河川公園にも立ち寄ることにしてクルマを南へ走らせた。

 以前訪れた時には穏やかな清流が見られた青山河川公園(4月20日付佐伯支局長日誌)の横では白波も立てて水が勢いよく流れていた。

 上流から流れてきたものに押し倒された河川公園の標識4月にはきちんと立っていた河川公園の標識も上流から流れてきたものに押し倒されていた。よく見れば、いろんなところに台風の爪痕がある。

 さて途中下車もそこそこに蒲江を目指した。昨日、さっと通り過ぎた竹野浦河内、さらにその先の西野浦に向かう。

 西野浦では道にたまった土砂を取り除く作業などが行われていた西野浦に着くと、ゆっくりクルマを走らせた。一本道をまっすぐ進みながら周囲を見回すと、「西集会場前」のバス停があるあたりが被害が大きそうだ。クルマを降りて歩いて行くと、道が泥で埋まっているところがあった。先に行ってみると、水路が土石で埋まり、あふれた土石が周辺の住宅地に押し寄せいていた。

 20日は踏み込みが浅かった。もっと丁寧に竹野浦河内や西野浦を取材すべきだったとあらためて反省した。ここで携帯電話に着信履歴があるのに気づいた。大分総局からの電話だった。

 折り返し電話すると広瀬勝貞知事が佐伯市を視察することになったとの電話。日程は午後1時過ぎからだという。時計をみると、午前11時を過ぎている。いったん支局に帰ることにした。

 昼過ぎに支局に戻って知事の日程を確認すると、長良柏江から蒲江の西野浦、竹野浦河内に行く予定だった。午前中に行ったルートとまったく同じ。時間もあまりない。ガソリンを補充して急いで長良柏江へと向かった。

 知事に柏江地区の被害の状況を説明した現地についてしばらくすると知事の一行が。地元の区長の説明で柏江地区の被害の状況などを聞き取った。午前中に比べ畳など浸水家屋から運び出されたものが多くなった感じがした。

 水路からあふれ出た土石で軽トラックが埋もれていた続いては蒲江である。西野浦地区はやはり午前中に行った場所と同じだった。深さ1.5mはあった水路が上流からの土石で埋まり、そこから水と土石があふれ出た。

 竹野浦河内地区では水路が土石で埋まり、道路に水があふれ出ていた竹野浦河内地区では道路が川となったままだった。水路が土石で埋まり、水があふれ出る状態が続いている。

 それにしても同じところを午前と午後の2回訪れることになろうとは。ただ、この日誌で佐伯市の被害の実態を紹介するより、知事が来て地元のマスコミ各社が報道する方がよほど影響力がある。半日駆け回ることになったが、これはこれで良しか。

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