大越地区の歴史を探る

 懐かしさを感じさせる「ふるさとの森」アフリカ村まつりが開かれる佐伯市の大越(おおこえ)地区について調べてみた。7日は急ぎ足で通り過ぎてしまった。歌碑もあったが、誰のどんなものかも考えず、とりあえず写真に収めた。あらためて見ると「黒木モト」とある。大越とどんな関係があるのか。佐伯市立佐伯図書館で資料を探してみることにした。

 大分県短歌名鑑。大分県歌人クラブ事務局が1976(昭和51)年9月に発行している。アイウエオ順に名前が掲載されていた。「黒木」と探すと「黒木茂都子」とあった。横に小さく①住所②ペンネームの人の本名③職業④所属歌誌・所属グループ⑤歌集、著書がある。

お地蔵さんの横にまだ新しい歌碑があった 黒木茂都子は①佐伯市長谷②黒木モト③農業④アララギ-とあった。大越は長谷大越である。間違いなかろう。名前とともに5首の短歌があった。他に資料がないかと思って書棚を見ていると、あった。「豊後讃歌 佐伯合同短歌会の五十年」(真柴茂彦編)。佐伯合同短歌会が2004(平成16)年10月に発行した。

 夫との老後の生活を歌った作品豊後讃歌には黒木茂都子の作品10首が収録されていた。その作品を年代別に見ていくと、第2年刊歌集「竜胆」1952(昭和27)年度から第5年刊歌集「栂牟礼」まで4年連続で計5首が掲載された後、作品が見られなくなる。再び登場するのは1979(昭和54)年度の第29年刊歌集で、その後1990(平成2)年度、91(同3)年度、2000(同12)年度、最後は01(同13)年度に各1首があった。

 「払えどもぶと飛び来る雨の山夫と椎茸木の組木つづける」

  1955(昭和30)年度の作品である。夫婦で農作業に汗を流す姿が描かれている。それからほぼ半世紀。「豊後讃歌」に収録された黒木茂都子の最後の作品は夫の死を悼む歌だった。

 歌碑の人物について図書館で知り得たのはここまでだった。歌碑は家族によって建てられたようだ。大越地区では歴史、これまでの人の営みを大事にしようという雰囲気が感じられる。

 標柱には「黒木幸太郎生家」とあったもう一つ気になっていた名前については「黒木幸太郎翁功績顕彰」という題名の薄い冊子が図書館にあった。著者は黒木三男、出版は1994(平成6)年とある。7日に大越を訪れた際に見た民家の入り口の標柱に「古庭と廻り縁」「黒木幸太郎生家」とあった。この地域では有名な人なのだろう。冊子を読むと著者は幸太郎の孫だという。幸太郎は上堅田村長、県議会議員などを務め、上堅田などが佐伯町と合併した1934(昭和9)年には新たに誕生した佐伯町の町長になったとある。

 8日にあらためて大越に歌碑を見に行くと、顕彰記の著者の三男氏がモトさんの夫だったようだ。歌碑の裏に略歴があり、百歳までに詠んだ「農ひとすじの歌」は三千首を超えると書いてある。そして、3年前に「102歳で永眠」とあった。歌碑はその翌年に建てられた。

 グリーンピア大越は小学校の分校跡地に整備された大越を知るための資料はもうないのだろうか。探していくと、佐伯史談会会報に「分教場の跡を尋ねて」という連載があり、その最後の8回目に「佐伯市立上堅田小学校大越分校 大越校舎」がとり上げられていた。

 連載をしたのは「高司良恵」とある。連載で分かったことを先に言えば「グリーピア大越は大越分校の跡地に整備された」ということだ。高司さんの連載によると、1945(昭和20)年の終戦後、児童数が分校の全期間を通じて最高となり、50名近くになった時期があった。

 大越地区には1901(明治34)年1月、長池尋常小学校(後の上堅田小学校)大越分教場ができた。年間の経費は百円で、校舎は部落共有の山林を切って材料を出し、一教室と事務室付きの建物を建てた。

 その後、西側に移築されたり、 1941(昭和16)年には改築されたりしたようだ。それも老朽化し、山を削って平地を造り、新たな校舎を建てることになった。

 1952(昭和27)年8月、二教室、事務室、簡易水道を完備した校舎ができた。旧校舎の一部は教員住宅として残されたとあるから、「上堅田尋常小学校大越分教場跡」と書かれていた建物がそれだろう。

 しかし、戦後の高度経済成長とともに都会に移住する人が増え始め、児童数も20人を下回る年が続くようになった。そして、1970(昭和45)年、大分県長期総合教育計画の中で廃止予定校の一つとして検討対象になった。地区では廃校に賛否両論あったが、上堅田小学校と統合することになり、1973(昭和48)年度から全児童が上堅田小へと通学することになった。

グリーピア大越では祭りの準備が進んでいた この跡地に整備されたのがグリーピア大越であり、集会宿泊施設「緑風荘」は1990(平成2)年に完成したと、高司さんは書いている。その緑風荘の前ではアフリカ村まつりの準備が進んでいた。

 8日は前夜祭。天気予報の通りに佐伯では夕方から雨が降りだした。雨などものともせずにアフリカ音楽で今夜は盛り上がるのだろうか。

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