地道な備えと想像力が

臼杵市消防本部で開かれた避難所運営研修  10月30日の臼杵市一斉総合防災訓練に向けて12日夜、同市消防本部で3回目の避難所運営研修が行われた。今回の訓練の舞台は市浜地区。住民は7000人ほどで市内で最も人口が多いそうだ。30日は地区内の西中学校体育館で住民による避難所開設と運営を行う。実地訓練まで研修はもう1回ある。

 受付は班ごとになっていた消防本部の会議室には11のテーブルがあった。1テーブルに最大8人が座る。欠席者もいてこの日の参加者は約70人という。前方中央から右にかけているのが総務班。テーブルごとに「総務係」「情報係」「被災者管理係」に分かれている。

 班や係ごとにテーブルについた右側の中央から後方が「福祉班」。こちらは「要援護者係」と「保健係」の2テーブルがある。左前方は「供給班」の「食料係」と「物資係」。その後ろに「防災班」の「ボランティア係」と「警備係」のテーブルがある。中央から後方のテーブルに「施設・衛生班」の「ごみ・衛生係」と「施設管理係」が陣取った。

 誰が何をするのか。前回の研修で分担を決めた。基本は本人の希望である。参加者はそれぞれ住んでいる地域で民生委員など「役」に就いている人がほとんどだという。ただ、市浜地区の中も広い。顔はみかけたことはあるが、名前を知らない、名前が出てこないといったことがある。

 そこでオレンジ色のジャケットに「班名」「係名」と本人の「氏名」を書くことにした。このほか「班長」「副班長」「リーダー」の文字もある。

 臼杵市では避難所運営訓練にあたって班長、副班長のどちらか1人は女性になってもらいたいと考えた。現実に災害が起き、避難所生活が始まるとなると、女性の視点が欠かせない。訓練であってもできる限り現実に近づける必要がある。

 臼杵市の避難所開設・運営マニュアルさて、それぞれの係は何をするのか。それは「臼杵市避難所開設・運営マニュアル」に書いてある。マニュアルを作ったきっかけは2011(平成23)年3月11日の東日本大震災である。マニュアルの「はじめに」を読んでみた。

 「東日本大震災では長期にわたり過酷な避難所生活を余儀なくされ、災害関連死(避難所でお亡くなりになった方)者数が2700名にのぼったという事実を受け止め、平成24(2012)年11月11日に大分県南部地区総合防災訓練において『避難所開設・運営訓練』を実施しました」

 このときは、訓練実施の半年前から避難所運営のキーパーソンとなる運営スタッフ50人を選出し、専門家による計5回の事前研修を実施したそうだ。

 そして、市民の協力を得て行った訓練では想定外の事態も多く発生したという。訓練終了後に検証を行った結果、58の課題が浮き彫りとなり、その課題を克服するためにマニュアル作成に取りかかり、2年前の2014年4月に完成した。

 今回はこのマニュアルに基づいた初の大規模な避難所設営・運営訓練となる。ただ、マニュアルを読んでも、自分が何をすればいいのかピンと来ないのが実感だと思う。4回目の研修は総合防災訓練で避難所となる西中体育館が会場となるが、参加者の戸惑い、疑問、不安は3回目の研修を受けても消えてないと感じた。

 ただ、こうした訓練は無駄ではない。地域の人々が集まり、話し合い、協力して一つのことをする意義は大きい。こうした訓練が継続され、地区のより多くの人が参加するようになることが望ましい。マニュアルに書かれてある通り、大規模災害になるほど避難所運営は長期化する可能性が極めて高い。

 南海トラフ巨大地震など今まで自分が体験したことがない大災害に備えるなどできるだろうか。

 重要なのは想像力ではないか。「もしも」と考えるのは大事なことだと思う。例えば「もしも韓国・釜山市を襲った台風18号が臼杵市を直撃していたら」と考える。今年最大の台風が、今年一番の豪雨が、最大の地震が自分たちの地域に起きていたら、どれくらい被害があったか試算してみる。そして、その対策を考える。今起きている最大の災害に対応できないとしたら、未知なる大災害などに備えようもない。

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