キウイフルーツの収穫

収穫期を迎えた臼杵市佐志生のキウイ園 キウイフルーツの生産者を取材したのはもう四半世紀も前になる。福岡県立花町(現八女市)の農家を訪ねた。あの頃はまだ生産者に勢いがあったように記憶しているが、今はどうなのだろう。臼杵市佐志生(さしう)で15日にキウイの収穫作業をするというので、早起きして行ってみた。

 佐志生では甘夏からの転作作物として導入されたそうだ。甘夏はお隣の津久見市が原産。一時は佐伯市でも盛んに作られていた。しかし、だんだんと酸っぱい果物は好まれなくなった。今やミカンの仲間のポンカンやデコポンなども「糖度」を競い、新たな品種も次々に出ている。

 写真右側でキウイを収穫する二宮さん話を戻そう。収穫の連絡をくれたのは二宮英治さん。7月30日付佐伯支局長日誌「うすきおためし暮らし」の主人公である。福岡県久留米市での勤務を最後に会社を定年退職し、昨年4月、夫婦で臼杵市に移り住んだ。

 うすきおためし暮らしとは移住希望者に臼杵を知ってもらい、実際に移住に踏み切ってもらうためのモニター・ツアー。2泊3日の日程の中に先輩移住者宅の訪問が入っている。二宮さん宅もその一つだった。ツアーの様子を見てみたいと思って市役所の担当者に連絡するとOKとなり、担当者らと二宮家に伺った。確か、その時にもキウイを栽培しているという話が出たような気がする。

 そんなこともあり、連絡してもらったのかもしれない。二宮さんにとってキウイの収穫は初めてであり、出来栄えをちょっと自慢したかったのかもしれない。

 二宮さんのキウイ園は約1100平方㍍。本来の持ち主が高齢で手入れができなくなったため、借りて栽培に挑戦してみることにしたそうだ。JAおおいた南部事業部が受け持つ大分市佐賀関と臼杵、津久見、佐伯の3市でキウイ生産者は40人。キウイ部会長は80歳で、生産者はいずれも高齢者。61歳の二宮さんは最年少だそうだ。

 折角丹精込めて作ってきたものを枯らしてしまうのはもったいない。そんなわけでキウイ栽培に取り組んだが、もちろん簡単なわけはない。特に今夏は大変だった。

 雨が降らない。これでは実は太らない。幸いキウイ園のすぐ横を佐志生川が流れている。ポンプで川の水を吸い上げて何とか干ばつを乗り切った。

 キウイが次々に収穫されていく袋がけも大変だったという。一つ一つの実に袋をかけていく。夫婦で1万7千個以上は袋がけをしたのではないかとのことだった。周辺のキウイ農家の助言も受けた。キウイは順調に育っていった。小さなサイズのものもあるが、なかなかの収穫、豊作にみえる。収穫まで時間がかかる果物は実際に収穫するまで気が抜けない。

 火山灰によって黒い線が付いたキウイこの佐志生地区はまだ良かったが、北側の大分市佐賀関地区は阿蘇山の爆発的噴火の影響を受けた。阿蘇山から北東側に多量の火山灰が風で運ばれ、佐賀関地区にも降灰があった。それがキウイに付着し、表面が黒くなる被害が起きた。生産者としてはたまらない。

 収穫にこぎつけた二宮さんは今夜、おいしいお酒を飲んでいることだろう。

 今回の取材で思い出した立花町のキウイ栽培は今どんな状況だろうか。立花町の生産者は40年ほど前にニュージーランドからキウイを導入し、栽培に取り組んだ。キウイの先進地といえる。そこが今どうなっているのか。興味が湧いてきた。

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