大友宗麟の大河ドラマ

 16日昼過ぎの駅前広場に行くと、武者行列が出発するところだった。写真右奥に大友宗麟公の銅像があるJR大分駅周辺は賑わっていた。駅前広場では「第4回宗麟(そうりん)公まつり」が開かれ、駅に通じるメインストリートの「中央通り」が9年ぶりに「歩行者天国」となった。6車線の道路には消防車やパトカーのほか、子どもたちの遊具も並び、あちこちに長い列が6車線の道路で320mにわたってクルマの通行を規制。クルマを締め出した広い道路は、子どもたちが楽しめる大型遊具などが占領していた。仮設のステージもあり、歩行者天国というよりイベント広場といった方がぴったりくる。この日、大分市に出かけたのは理由がある。宗麟公まつりに関連して大友宗麟について語るフォーラムがあると知ったからだ。

 「宗麟の功績学ぶ」「大友氏顕彰フォーラムイン大分」。10月14日付大分合同新聞の朝刊にこんな見出しがあった。

 宗麟公まつりの会場にあった立て看板記事によると、「鎌倉から戦国末期にかけて豊後を治めた大友氏を調べている『NPO法人大友氏顕彰会』(大分市、牧達夫理事長)が『西洋文化の曙』をテーマに、府内(大分市)を国内有数の国際都市にした大友宗麟の功績などを話し合う。入場無料」とある。時間は16日午後1時から、場所は大分駅と道路一つ隔てて向かい合うホルトホールとある。

 面白い話が聞けるかもしれない。大友宗麟の顕彰といえば所縁の地である臼杵市、津久見市も熱心だ。入場無料でもあり、聞きに行ってみることにした。

 フォーラムではまず名古屋学院大学の鹿毛敏夫教授による基調講演があった。テーマは「陸の真田丸、海の大友丸」。海に目を向け、東シナ海はいうまでもなく、南シナ海へも船で乗り出し、カンボジア国王とも親書を交わした宗麟の行動力について豊富なスライド写真とともにあらためて解説した。

 続いてフリートークに移った。題名は「宗麟の大河ドラマへの夢を語る」。これが今日の眼目のようだ。登壇者は鹿毛教授のほか、大分県出身の作家桜田啓さん。陳元明の子孫で臼杵市在住の林壮一朗さん。陳元明の父親は中国を逃れ、長崎に漂着し、その後豊後府内(大分市)に移住した。陳一家は醸造業などを営み、大友氏を財政的に支えた商人たちの一人だという。

 フリートークは要約すれば、宗麟がNHKの大河物語ドラマの主役になるとすれば、どこが舞台となり、どんなシーンが考えられ、どんな物語になり得るか。3人の登壇者が司会の牧達夫理事長の質問に答えていく。

 鎌倉時代から豊臣秀吉の時代にかけて宗麟の子・義統まで22代続いた大友家の物語は鎌倉、京都、大阪、九州一円、さらに海外へと舞台が多様に設定できるのが強みだ。いろんな場所が出せて大河ドラマとして視聴率も見込めるのでは。登壇者の一人はそんな アイデアも披露して見せた。

 会場でもらったプログラムをみると、共催者代表あいさつとあり、NHK大河ドラマ「大友宗麟」誘致推進協議会会長との肩書があった。こんな協議会があるとは知らなかった。

 西日本新聞の過去の記事を検索してみると、確かにあった。それによると、2013(平成25)年1月に発足したとある。

 2020年。東京五輪開催の年に大友宗麟の大河ドラマ放映を目指しているという。では、今回4回目という「宗麟公まつり」は大河ドラマ実現に向けて市民のムードを盛り上げようとして始まったものなのだろうか。

 宗麟の時代の子どもたちは西洋音楽を口ずさんだとの説明文があったフォーラムを抜けて、再び宗麟公まつりの会場に行くと、ステージから歌声が響いてきた。現代風にアレンジされた聖歌だろうか。ステージ横に説明があった。「戦国府内の子どもも口ずさんだ西洋音楽」。「当時のキリスト教の宣教師は、劇や音楽を通してキリスト教の教えを広めようとしました。(略)宣教師の記録によると、府内の子どもたちが教会からの帰り、聖歌を口ずさんで家に帰ったとあります」。

 それを現代風に変えて再現したということだろう。よく見ると、会場のあちこちに説明版があった。宗麟の時代について知ることは悪いことではない。それが大河ドラマ実現に向けて市民の機運を高めるためとなると、どうかなと思わなくもないが、それだけNHKの大河ドラマの影響力、経済波及効果が大きいということになる。

 大河ドラマの誘致は大分だけではあるまい。さまざまなプレシャーがあちこちからかかるNHKの大河ドラマ担当者は本当に大変だろうな。

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