二回目の最勝海小学校

雨にぬれる最勝海(にいなめ)小校舎「最勝海」と書いて「にいなめ」と読む。佐伯市上浦最勝海浦の最勝海小学校を訪れたのは4カ月以上も前になる(6月13日付佐伯支局長日誌)。最初に来たときは晴天だった。この日は本格的な雨。光を浴びた校舎の時は気づきにくかった傷みが雨の日にははっきりと分かる。28日に最勝海小を再訪したのは、ここが大分、宮崎両県警による合同災害警備訓練の舞台になったからだ。

 1996(平成8)年度末に閉校となった最勝海小の校舎が本年度中に解体される予定であることは前回(6月13日)の日誌でも書いた。

 だから実践的な訓練の場所に選ばれた。訓練では校舎2階の床(1階の天井)に穴を開け、1回にいる被災者(人形)を救出する場面もある。

 体育館の床にはところどころに穴が訓練に参加するのは大分、宮崎両県警と佐伯市消防本部などから158人。まずは体育館に参加者が集まった。中に入ってみて傷みの激しさが分かった。体育館の床にはところどころに穴が。天井にもあちこちに穴が開いているようだ。雨漏りがしている。「第6回最勝海はまゆうまつり」と書いてあるのだろうか整列した警察官を撮影しようとステージに上がると、割れたレコード盤が散らばっている。奥になにやら書いてあるものがあった。「第6回最勝海はまゆうまつり」と書いてあるのか。それを最後に体育館は使われなくなったということだろうか。

 さて、訓練は以下の想定で実施される。南海トラフを震源とするマグニチュード9.0の地震が発生し、佐伯市で震度6強を観測。大津波警報も発令され、津波が沿岸部に到達して大分、宮崎県境の一部集落が孤立した。

 本来は、まずヘリコプターによる捜索、被災者の発見、救助から始まるのだが、この日は時折激しく降る雨で視界が不良となり、ヘリの出動は中止となった。

 救出部隊が小学校校舎に到着このため、次の段階の陸上での捜索、具体的にはオートバイによる被災者の発見から始まった。校舎2階に生存者がいることを確認し、救助を要請。救出部隊が到着した。

 大分県警の被災者を救助する機動隊員救出部隊がはしごを使って校舎2階に上がり、窓から室内へ。救援を待っていた被災者を救助した。隣の教室では被災者に見立てた人形が置かれている。ここでは宮崎県警が窓際に置かれた障害物を打ち壊して室内に入り、被災者の捜索、発見、救助、担架による搬送-という一連の訓練を行った。

 閉校当時のままなのか?どの教室にも置かれたままになったものがある。宮崎県警が救出訓練を行った教室の黒板には「最勝海小学校カラ東雲小学校へ ってか合併しました」と大きな文字で書いてあった。横にドラえもんのような絵が描いてあって、そのセリフのようだ。左横には「正」の文字があり「うえきちゃん」「しんちゃん」といった「名前」がある。時間割には「算数」「国語」などとある。

 これは閉校当時のものなのだろうか。それとも後で誰かがいたずら書きをしたものなのだろうか。

 「技術棟」と呼ばれる建物を使っての訓練もあった。室内に可燃性ガスがたまっており、しかも、余震で建物が倒壊する恐れもあるとの設定だった。

酸素ボンベを背負って室内に入る準備をする隊員 まずはガス検知器で建物の周囲を測定。それから斧のようなものでドアに2カ所穴を開けた。そして、その穴を起点に縦横に切り込みを入れ、中に入る準備ができた。酸素ボンベを背負った隊員がそこから中に入って生存者などを捜索した。

 訓練であっても思うようにはいかない。この日も雨でヘリは飛ばなかった。それでも訓練は必要である。少しずつでも備えを強化していくしかない。

 最後に解体予定の校舎だからできた訓練の様子を紹介する。

 

 

  

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