思い返せば7カ月前に

横断歩道の前に青い服の集団が  窓の外を眺めると青い服の集団が目に入った。時間は20日朝8時前。佐伯市役所駐車場などを会場に開かれている「西日本B-1グランプリ in 佐伯」でボランティアを務める中学生たちのようだ。B-1が開催された19、20の両日で延べ1500人がボランティアとして大会運営に関わったという。佐伯市にとってはまさに一大イベントだった。

 長い準備期間があった。そのあたりを語りだすと佐伯市の西嶋泰義市長の話はとまらなくなるのではないか。ここまで走り続けてきた人たちは「B-1」後、虚脱感に襲われるのではないかと余計な心配までしてしまう。

 佐伯支局長日誌で「B-1」の文字が出てくるのは4月1日付「日本の『バスク』になる日」が最初だった。もっともその時は写真だけで本文中では一言も触れてない。この日、市庁舎に「B-1」をPRするための大きな横断幕が掲げられた。その写真説明で熱心に誘致に取り組み佐伯市での開催になったなどと書いただけだ。

 B-1会場と駅などを結ぶシャトルバスの利用者も多かった「B-1」という言葉は知っていた。それが佐伯市で開かれると言って、それほど興味は湧かなかった。7カ月以上前はもちろん、その後もB-1の「B」はBグルメのBかと思っていた。

 そうでないことを知るのはかなり時間がたってからである。B-1のBは地域BRANDのBなのだそうだ。ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会(通称愛Bリーグ)に加盟する九州と中国、四国、関西の団体が集まって「西日本」大会を開くのは初めてという基本的なことを知ったのも7月頃だった。

 それでもぼちぼちとこの日誌で取り上げるうちに徐々に大きな流れに巻き込まれていった。結果として新聞にも何回か西日本B-1をPRする記事を書くことになった。

 2日間の来場者は98000人だったと発表があった。目標とした2日間で10万人の人出はほぼ達成できたといえる。

 仕事の都合で閉会式を取材に行けなかったので、投票結果などの資料をFAXで受け取った。閉会式で市長はこの経験を今後どう生かすかが課題といった趣旨のことを話したようだ。結果に満足することなく、この経験を生かして、次のステップへと進む。それはB-1に投じた長い時間と多額の費用、多くの人員で得た経験とノウハウなどを無駄にしないためにも重要なことだと思う。

 併催行事の東九州大漁祭ではマグロの兜焼きがやり遂げたとの達成感と同時に、もっと工夫すればもっと集客できたかもしれないといった後悔があるかもしれない。やり残したこと、やれなかったことを含めた課題の掘り起こしと検証が明日からの仕事になる。

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