猪熊弦一郎が愛した町

 佐伯市本庁舎に三越の包装紙の展示物が今日のタイトルはパクリである。21日に行われた佐伯市長の定例記者会見で出された資料にあったものを、そのまま拝借した。恥ずかしながら画家・猪熊弦一郎(故人)についてはほとんど知らない。しかし、デパートの三越の包装紙はなじみがある。この包装紙「華ひらく」を1950(昭和25)年にデザインしたのが、誰あろう猪熊画伯だった。

 佐伯市役所本庁舎に今、「華ひらく」を使ったオブジェが展示されている。三越伊勢丹グループの日本橋三越本店(東京)で今年、猪熊弦一郎展を開いた時に制作したものだそうだ。

 今回、佐伯市で作品展を開催することになり、三越に話して無償で譲ってもらうことになったという。

 ところで猪熊弦一郎と佐伯市はどんな関わりがあるのか。猪熊は1902(明治35)年、香川県高松市に生まれた。旧制丸亀中学(現香川県立丸亀高校)卒業後、東京美術学校(現東京芸術大学)に進学などと、記者会見でもらった資料にある。

 佐伯とのつながりはその次だ。1926(大正15)年に帝展初入選を果たした「婦人像」のモデルである佐伯市出身の片岡文子と結婚したことに始まる。結婚してまもなく、文子の母の病気を見舞うために2人で佐伯を訪れたが、その際、文子が腸チフスを発症。看病のために思いがけず佐伯に長期滞在することになった。

猪熊弦一郎展の会場になる片岡邸 猪熊は文子の看病の傍ら、様々な作品を制作し、佐伯の人々との絆を深めていった、と資料に書いてある。そのころの作品が佐伯で所蔵されていた。それを文子の縁者である片岡邸に展示しよう。そんな話のようだ。

 「猪熊弦一郎が愛した町」展は12月4日から18日までの開催を計画している。入場無料。

 片岡邸は城山の麓、歴史と文学のみち沿いにあるみんなが忘れてしまったような猪熊弦一郎と佐伯との関係を掘り起こし、あらためて光を当てたのは、いわば〝よそ者〟である。会見で説明を受けた後で思い出した。佐伯市にやってきた地域おこし協力隊員の報告会が市役所で開かれた(10月20日付佐伯支局長日誌「地域おこし協力隊とは」)。20代から60代までの隊員12人が近況などを報告するなかで「12月に片岡邸で猪熊弦一郎の企画展を2週間程度行う予定である」などと言っていた人がいた。

 「母のふるさとをなんとか元気にしたい」。そんな思いで定年退職後、地域おこし協力隊として京都からやってきて2年目を迎える。確かそんな話だった。1カ月前の取材ノートを取り出すと当日の資料もあった。

 すっかり忘れていたが、準備は着々と進んでいたわけだ。記者会見では細かく聞く時間がなかった。努力が実を結んでいるのを聞くと嬉しい。また詳しく紹介できる機会があればあらためて報告したい。

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