うすき雛めぐり始まる

和紙で作られたひな人形 よく見れば愛らしい。臼杵市中心部で和紙のひな人形約3千組が展示される「うすき雛めぐり」が10日始まった。主会場は市観光交流プラザ、サーラ・デ・うすき、久家の大蔵、旧真光寺の4カ所。雪の舞う中でぐるっと一巡りしてみた。

観光交流プラザのひな人形 開始式は午前10時から、市観光交流プラザで行われた。ここのひな人形は臼杵高校と東中学校の生徒が作ったと説明がある。さて、紙製ひな人形の由来は江戸時代にさかのぼる。サーラ・デ・うすきに大きな説明板があった。時は嘉永2(1849)年のこと。次のようなおふれが出た(現代文にしてあります、と注釈も付いている)。

 一、町の者たちの雛飾りは兼ねて申しつけていたように紙製の雛人形の外は一切禁止。これまで衣裳雛を所持している者も内緒で飾る事は禁止する。この事を在中に御触で通知した。

 質素倹約、藩の財政建て直しのためだ。

サーラ・デ・うすきに飾られたひな人形 そんな歴史を踏まえて和紙のひな人形を現代に蘇らせたのがボランティアグループのうすき雛の会だそうだ。2006(平成18)年のことだという。だから、うすき雛めぐりはこれで12回目となる。

 このグループの代表がうすき雛めぐり実行委員会委員長を務めており、開始式ではあいさつに立った。

 もちろん毎年同じではない。少しずつ変化している。そう思ったのはサーラ・デ・うすきでのことだ。「うすき雛の会」のメンバーとおぼしき人がおり、全国の代表的な和紙を使ったひな人形「これはいつからですか」と聞いてみた。「これ」とは一つは川登(かわのぼり)紙で作ったひな人形。川登紙とは何か。説明がある。

 臼杵市野津町の川登地区では江戸時代から昭和にかけて和紙の生産が盛んだった。今回、最後の紙すき農家が廃業して以来39年ぶりに川登地区で和紙が生産され、それを使ったひな人形を作ったと書かれていた。

サーラ・デ・うすきの販売コーナー さらに「美濃和紙」「二俣和紙」「大洲和紙」「因州和紙」のひな人形が飾られている。これは昨年からだそうだ。「素人には違いは分かりませんね」と調子良く言うと、「分かりますよ」と素っ気なく言われた。確かによく見れば違いは分かる。いい加減なことを言ってはいけないな。

久家の大蔵のひな人形 ひな人形が最も多いのは久家の大蔵だそうだ。広い蔵のスペースを生かしてジグザグに飾られている。ただ、飾り付けが少し残っていたようで、写真を撮っている間も作業が続いていた。うすき雛めぐりは3月20日まで。

旧真光寺のひな人形 雪の中を旧真光寺にも足を伸ばしたので1枚だけでも写真を掲載しておきたい。なかなか思い通りの写真が撮れないので、その魅力を十分に伝えられないことがよくある。今回もどこまで、その愛らしさを伝えられただろうか。

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