小学生がいなくなる日

横断幕に「143年の歴史に幕!」とある 佐伯市蒲江で19日、小学校2校の閉校式があった。旧蒲江町地域の6校が統合し、4月に小中一貫校の蒲江翔南学園が開校する。それに伴い、19日、25日、3月5日に2校ずつ閉校記念式典が行われる。学校に行ってみると、子どもが急減していることを実感する。新入生がいない地域も珍しくはないようだ。深刻過ぎる現実に、それを打開しようという気持ちよりも諦めが先に立っている雰囲気を感じる。

 19日は午前中に上入津小学校(渡邉和彦校長、児童数37人)、午後は楠本小学校(佐藤英治校長、児童数7人)で閉校記念式典が行われた。

 25日には西浦小学校(児童数31人)、河内小学校(児童数33人)で記念式典を予定。3月5日は名護屋小学校(児童数31人)と森崎分校(児童数8人)、蒲江小学校(児童数68人)で式典が行われる。

式典には保護者や地域住民などが出席した 6校の中では蒲江小の児童数が一番多い。しかし「蒲江小で4月に入学する新入生は1人だけ」。「それが(蒲江地域の)現状」。上入津小の閉校式に出席した来賓の1人があいさつの中で、こんなことを話した。本当だろうかと思わず耳を疑った。

 上入津小でも6年生が最も多くて10人いる。後は5年生が4人、4年生が6人、3年生が6人、2年生が4人、1年生が7人。凸凹はあるが、減少傾向にあると言っていい。しかし、現状68人の児童がいる蒲江小で新入生1人というのはにわかに信じ難い。

 6校合わせて児童数215人。最も多かった時期と比べるのは意味がないかもしれないが、比較してみるとあらためてびっくりする。佐伯市の資料によると、蒲江地域で最も児童数が多かったのは1960(昭和35)年の蒲江小で723人を数えた。同じ年の河内小もピークで337人いた。

お別れの言葉を述べる児童代表 上入津小と楠本小のピークはいずれも1958(昭和33)年で上入津小が339人、楠本小は191人だった。その後は若者がどんどん都会に吸い取られていった。「金の卵」と呼ばれ、中学卒業と同時に安価な労働力として「集団就職列車」で都会へと送り出された。

 地方は過疎化が進んだ。若者の流出は今も続く。これに出生率の低下が加わった。多くの地域で「小学生がいなくなる日」がそう遠くない。学校を訪ねる度にそんな思いを強くする。

閉校式典の最後の記念撮影が さて、閉校する6校はいずれも1874(明治7)年に開校した。上入津小の渡邉校長は第50代校長になるのだそうだ。「143年の歴史」。上入津小でも楠本小でも多くの人が口にした。長い歴史はここで途絶える形となった。子どもたちが消えつつある地域が将来、再び子どもたちの元気な声に包まれることはあり得るのだろうか。

 地方消滅などといったセンセーショナルな言い方は好きではないが、「今、そこにある危機」に対してもう少し真剣に取り組まないと大変なことになる。それは強く思う。

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