CMの早春賦に異議あり

吉丸一昌像の除幕式が行われた 吉丸昌昭さんの声に少しばかり怒気が感じられた。吉丸さんは「春は名のみの」の歌い出しで知られる「早春賦」を作詞した吉丸一昌(1873-1916)の孫である。臼杵市の大手門公園の一角に設置された吉丸一昌像の除幕式が12日、行われた。一昌の孫一同を代表して昌昭さんが挨拶。没後100年の節目に銅像ができたことに「感激して目頭が熱くなった」などと感謝の言葉を述べた。そして、最後に付け加えたことがあった。

 一言前置きがあって話し始めたのは「保険会社のCM」について。「早春賦の歌を変えてしまったのは悲しいことです」と。何のことかとピーンと来なかったが、そういえば何かテレビのCMがあったような気がする。吉丸さんは保険会社に抗議の手紙を送ったそうだ。それで保険会社の広報担当者とCM制作会社の担当者が訪ねてきたという話だった。

 歌詞を自由につけることが悪いと言っているわけではない。ただ、原作にもしかるべく敬意を払ってほしい。そんな趣旨だったようだ。除幕式の取材を終えてネットで「保険会社」「早春賦」と検索してみると、三井住友海上火災保険のCMだと分かった。

 同社のホームページを見ると、新CM「心にまで向き合う事故対応」の放映開始との資料があり、2月4日から全国で放映が始まるとあった。その資料に「『早春賦』のメロディーにオリジナルの歌詞をつけています」との一文が添えられていた。

 コマーシャルを作る側に悪意があったわけではあるまい。ただ、関係者への配慮、事前の心配りが必要だっただろう。前もって関係者にきちんと説明し、理解を得ていれば良かった。

御披露目された吉丸一昌像 さて、吉丸一昌像は高さ175cmあるりっぱなものだった。制作したのは大分大学の佐脇健一教授。依頼したのは香港在住の吉野孝彦、俊子夫妻。2人とも大分県出身である。全く縁がなかったわけではないが、吉丸一昌について知ったのはそう昔のことではない。インターネットで知ったのだそうだ。

 特に感銘を受けたのは教育者としての吉丸の姿勢だという(2016年7月23日付佐伯支局長日誌「吉丸記念館とお得や券」で紹介)。吉丸は臼杵に生まれ、旧制大分中学(現大分上野丘高校)、第五高等学校(現熊本大)から東京帝国大学国文科に進んだ。

 そして、吉丸は「修養塾と称し、少年10名ほどと生活をともにして、勉学はもとより衣食住から就職に至るまで世話をした」という。

 その後、東京府立第三中学校(現都立両国高校)で教師として働きながら「東京ででっち奉公している田舎出の少年や中学に行けない者のために下谷中等夜学校を開設した」。

 吉丸記念館「早春賦の館」のリーフレットに、そんな解説があった。

 吉野夫妻は「作詞家、国文学者であるとともに偉大な教育者だった吉丸の功績を広く伝えていきたい」と思った。晴天の下で行われた除幕式そこで2015(平成27)年5月に臼杵市長を訪ねた。翌月には佐脇教授に像の制作を依頼したようだ。それから2年近くたった。夫妻の願いは叶い、晴れ渡った空の下で多くの人が集まって除幕式が行われた。この像と臼杵市中央公民館の敷地から移された歌碑をきっかけに市民や観光客の関心が高まれば、像を設置した甲斐があるというものだ。

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