協力隊の卒業生の言葉

久家の大蔵で開かれた協力隊の報告会 臼杵市地域おこし協力隊の活動報告会が22日夕から、同市中心部にある「久家の大蔵」で開かれた。これまで佐伯市と竹田市の協力隊員の報告会は聞きに行っている。両市と臼杵市の違いは人数。臼杵の場合、一般隊員4人、有機農業隊員2人の計6人と小規模なのだ。このうち、2人が1期生で3月末で任期を終えて卒業する。その壮行会も兼ねていた。この日の報告会では、今だから言える話も交えて本音が熱く語られた。

 佐伯市の協力隊の報告会については10月20日付佐伯支局長日誌「地域おこし協力隊とは」で紹介した。竹田市でも報告会がつい最近あったばかりである(2月26日付佐伯支局長日誌「竹田の協力隊員45人」)。ついでに言えば、臼杵市の協力隊員についても紹介した日誌(12月8日付)がある。

 6人の隊員の報告はそれぞれ面白かったのだが、ここではやはり卒業する石橋隊員と吉澤隊員の話が中心にならざるを得ない。特に石橋さんは家族ともども臼杵に定住するつもりで横浜から越してきた。

 地域おこし協力隊は国の制度だが、実際に隊員を雇用するのは地方自治体。1年任期の職員で最長3年間雇用される。その間に生活の糧を見つけなければならない。

1秒たりとも無駄にしない覚悟で、と石橋さん それは簡単なことではないと石橋さんは言う。石橋さんは定住に向けて「一分一秒たりとも無駄にしない」「微塵の可能性も追い求める」ことを自分に課した。結果、2年8カ月間の協力隊員としての期間に実際は7~8年分ぐらいの濃密な仕事をこなしたとの自負がある。現実に結果も残している。

 若者が地方に移住して、その地域を元気にし、まちおこしの原動力になる。それを3年間でやってのける。政府は本当にできると思っているのだろうか。

 2月11日付佐伯支局長日誌「協力隊員の連絡会議」でも書いたが、全国の地域おこし協力隊員はほぼ4千人に達している。総務省はこの数をさらに増やそうとしている。では、この人たちの中から、どれくらい「成功者」が出ているのか。

 成功者の定義にもよるが、石橋さんは誰が見ても成功、お手本といえるケースは極めて少ないのではないかと考える。そもそも著名人であったり、何かの分野で第一人者であったりすれば別だろう。ただ、名も知れず、これというスキルもない我々のような普通の人間が、見ず知らずの土地に飛び込んで、いきなり町おこしの中心人物となって大活躍する-なんてことはTVドラマぐらいしかない。

 だからといって協力隊員の多くが志かなわないまま任地を離れるのも仕方ないと突き放すわけにはいかない。石橋さんは協力隊員のスキルアップの仕組みをつくり、多くの隊員がそれぞれの地域から是非残ってほしいと言われるようにしたいと考えている。

 40代半ばも過ぎ、社会人としてのキャリアを着実に積み重ねてきた石橋さんでも、任期中に何回も心が折れそうになったことがあったという。それでもやり通せたのは地域の人たちとのつながり、支援があったことも大きいのではないか。佐伯、竹田、臼杵の報告会にはそれぞれ違う雰囲気があった。協力隊員に対する地域の受け入れ方もそれぞれだと感じる。

 これまでも書いてきたが、何かの縁があってやってきた移住者を生かすも殺すも地域次第である。国からもらえる金が3年で切れるから、それで終わりではなく、場合によっては自治体負担でもう1年延長とやっても悪いことはない。要はせっかくの人材を伸ばし、生かせるかだ。国がやりっぱなしなら、現場の自治体がいろいろと工夫していく必要がある。

 臼杵の報告会を聞きながら、あらためて思った。

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