新人造船マンの第一歩

4日に開かれた入所式 去年も4月4日だった。大分地域造船技術センターで今年も4日、新人造船マンの入所式があった。同センターは佐伯市鶴谷町の三浦造船所野岡工場内にある。3カ月間の研修を受けるのは大分、山口両県の8社から集まった新入社員17人。昨年の33人、その前年の31人に比べると、少し寂しいが、いつものように式が進み、研修生代表による決意表明があった。だが、原稿も去年と同じようでは芸がない。一工夫することにした。

 昨年の入所式は2016年4月5日付佐伯支局長日誌「造船業界は幾度も荒波に」で紹介した。センター設立の経緯なども昨年の日誌に書いた。

 それを引用すると、大分地域造船技術センターは臼杵、佐伯両市の造船業界が国や県、市の財政支援を受けて2006(平成18)年に設立した。1947(昭和22)年から49(同24)年生まれの団塊世代の大量定年を控えて熟練技能の継承が課題となる中、業界が連携して職人の育成に取り組むのは全国で3例目で、九州では初めてと新聞記事は伝えている-などと説明している。

 記事としては普通に「佐伯市の大分地域造船センターで研修を受ける新人造船マンの入所式があり、17人がその第一歩を踏み出した」などと書いてもいい。

マイクを持って挨拶する相田さん しかし、今回は記事の主役を研修生を迎える側、同センター長の相田茂幸さん、79歳にすることにした。相田さんは同センター設立以来センター長を務め、多くの技能後継者を育成した功績で昨年11月に「佐伯市表彰」を受けた。何かの機会があれば取り上げようかと思っていたから、ちょうど良い。入所式の前に連絡をとって事前に話を聞いておくことにした。

 工場2階にある同センターの教室に相田さんを訪ねたのは3月30日だった。相田さんは副センター長の高橋信五さんとともに研修に向けた準備の最中だった。

3月末に訪ねると既に紅白の幕が 入所式が行われる1階には既に紅白幕がはられていた。相田さんによると、講師の依頼や資機材の準備などは2月から始めるという。細かいこともいろいろあるようだ。高橋さんは今回初めて補佐役として準備作業に加わることになった。高橋さんは造船マンではなく、国交省OB。九州運輸局勤務の時にこのセンターの設立に関わり、センター長の人選で相田さんを選んだ側だった。

 高橋さん曰く、相田さんにセンター長をお願いしたのは知識や技術、経験とともに指導力があるから。臼杵鉄工佐伯造船所、三浦造船所で計40年余を過ごし、人脈も広い。その人脈を駆使して講師陣の充実を図るなど、相田さんはセンターの運営に精力的に取り組んできた。

 そんなことで今回は相田さんを主人公にちょっと長めの記事を書いてみた。西日本新聞大分版に掲載されることになっている。

 ところで、昨年と比べて研修生が少なかったのは佐伯重工業(佐伯市)からの参加が1人にとどまったためだ。親会社の尾道造船が建設し、佐伯重工業が操業する新工場が先月完成。同社が工場稼働に先立って要員を確保しておくために昨年まで積極採用してきたことがある。

 佐伯市や臼杵市の造船業は過去幾多の波を越え、今も地域の基幹産業となっている。先輩の技術を引き継ぎ、さらに進化させようという若い人たちがどんどん出てくれば、もっと発展する可能性も出てくる。

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