丹賀砲台園地の眺めは

らせん階段を上がって屋上へ らせん階段を上がってドームの扉を開くと、展望スペースは予想以上に広かった。左に大島、右には鶴御崎、天気が良ければ四国も見えそうだ。佐伯市鶴見丹賀浦にある「丹賀砲台園地」を訪ねた。戦時中の施設で、案内板には「悲劇の巨砲 豊予要塞跡」とある。最近、砲台に上るための新しいスロープカー(定員6人)ができた。それを記念して4月30日まで入場料金(大人200円、小人100円)が無料となっている。

 丹賀砲台園地を訪ねたのは7日。曇って時折小雨がぱらついていた。「30日まで入場無料」と西日本新聞大分版の催し案内の記事を書くためだった。

 丹賀砲台跡を訪ねたのは初めて。何かきっかけがないと、そのためだけに行こうとはなかなかなりにくい。案内板にあった通り悲劇、大惨事が起きた場所ということもある。

新しくできたスロープカー その話の前にまずは新しくできたスロープカーの紹介を。正面に「伊吹」と書かれているのには理由がある。砲台の中にあった説明文には「砲備は大正12(1923)年9月20日付で老朽艦として廃艦となった鞍馬型一等巡洋艦の後部41式45口径30センチ2連装砲塔であり、当時の技術では難工事とされていた」と書かれている。

上り下りのボタンは利用者が押す 何のことか分かりにくいが、老朽化し廃艦となった巡洋艦が「伊吹」であり、その大砲を丹賀砲台に移設するのが難工事だったということのようだ。この大砲が後の惨事の原因となる。ちなみに砲台は標高50mにあり、海際の砲台入り口からは169段の階段を上らなければいけない。以前は1990(平成3)年度にできた斜坑リフトがあったが、老朽化して2014(平成26)年1月に休止した。

砲台内の通路には説明パネルが それで新たにスロープカーを、となったわけだ。できたばかりのスロープカーに1人乗って「上り」の緑のボタンを押した。じんわりと上りながら、丹賀砲台の音声説明が流れるようになっている。ただ、洞窟探検にでも来た感じで何だか落ち着かない。砲台に着くと左に通路があった。その壁には説明パネルが掛けられている。先に引用したのもその一つである。

 通路の先には扉があって外に出られそうだ。しかし、目的地はここではない。通路を戻って奥へと進む。すると、冒頭の写真で紹介したらせん階段の場所に至る。らせん階段の横にあった復元図説明には「砲塔井」「砲側弾火薬庫(廻廊)」とある。要はここが大砲が備え付けられた場所であり、悲劇の現場となったところである。砲台内の説明を読むと、丹賀砲台は1927(昭和2)年に建設が始まり、31(同6)年に完成した。太平洋戦争が始まり、42(同17)年1月に丹賀砲台で実弾試射が行われた。最後の一発が大砲内で爆発し、16人が即死し、多数のけが人が出た。

桜が見頃を迎えていた らせん階段を上ってドームの扉を開けた。外のスペースは広い。ベンチもあって桜がちょうど見頃だった。ドーム形の覆いだけみれば、この施設が何なのか想像もし難い。ただ、ドームの下が悲劇の現場ということを知った後は話は変わる。外の空気に触れた時はほっとした気分になった。

晴れた日はもっと見晴らしがきくだろう 訪れた日はあいにくの天気だったが、晴れた日に来ればもっと眺めが良いはずだ。大人200円の入場料金が無料といっても、たいしてお得感はないと思うかもしれない。だが、一つのきっかけだと思って、この機会に行ってみようと考える人が一人でも増えれば幸いである。

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