蒲江浦の御手洗家とは

海岸にあった散策マップ 竹中稔さんが作った「蒲江散策MAP」を手に佐伯市蒲江蒲江浦の湾岸散策路を歩いてみることにした。「道の駅かまえ」の駐車場にクルマを止めて海岸に出る。「かまえ浦ぶらり散策マップ」と書かれた案内板があった。見ると「御手洗毅・御手洗冨士夫出生地」との表示が。キヤノンの創業者の一人である故御手洗毅は蒲江出身であり、現会長の冨士夫氏の叔父である。どんな屋敷なのか。生家に行ってみることにした。

 竹中さんのマップには御手洗家の表示はない。生家に行ってみて分かったが、現在も居住しており、表札がかかっていた。そんなことであえて載せなかったのかもしれない。門構えからして歴史を感じさせるただ、予想にたがわず立派な邸宅だった。とりあえず写真を一枚撮った。表札の名前は「御手洗東洋」とある。16代当主で御手洗家の先祖の歩みを調べた「舳臚千里 蒲江浦御手洗家の歩み」(海鳥社)を2006(平成18)年5月に出している。

 それによると、清原(御手洗)氏が伊予国の守護に仕えていた応永年間(1410年頃?)にあった戦で非勢となり、夜陰に乗じて伊予を逃れ、周防灘、豊後水道へと向かった。そして、上陸したのが蒲江の竹野浦に隣接する小浦だったという。ここから蒲江の御手洗家の歴史が始まるそうだ。

 海岸沿いに御手洗病院がある。冨士夫氏の二人の兄は医師というから、その病院かもしれない。

 ついでにキヤノンのホームページから御手洗家との関係を抜き出してみた。1933(昭和8)年、高級小型写真機を研究する「精機光学研究所」が東京・麻布六本木に開設された。そして、42(同17)年に御手洗毅が社長に就任する。

 47(同22)年にキヤノンカメラ株式会社に社名変更した。69(同44)年にキヤノン株式会社に再び社名を変えた。82(同57)年には大分キヤノンを設立。93(平成5)年に毅の長男肇氏が社長に就任するが、95(平成7)年8月に死去。冨士夫氏が社長を引き継ぐ形となった。

 蒲江町史を見ると、毅は57(昭和32)年8月に当時の蒲江中学校にプールを造って寄贈している。

 道の駅かまえの前を通る国道388号はよく利用するが、海岸の方に足を伸ばすことはなかった。散策マップのおかげで予想外の発見ができた。

 ところで、竹中さんについては4月18日付佐伯支局長日誌「道の駅かまえ復活作戦」で少し紹介している。蒲江散策MAPは道の駅かまえに置いてある昨秋、地域おこし協力隊として蒲江にやってきた。肩書は蒲江振興局地域振興課地域振興係。蒲江をどうやって元気にしていくかを考えて動く。MAPもさまざまな試みの一つである。MAPには蒲江浦の飲食店の紹介もある。

 「お食事処コサカ」(多種なメニューなのに正統派でリーズナブルなお店)。「ますの寿司」(ランチはリーズナブルな1000円がお勧め)。「浦の麺屋 ごとう」(製麺屋のこだわりの麺のお店)。「たま川食堂」(リーズナブルな地元の食堂)。「炉ばた和」(写真の魚ランチは驚きの800円)と写真とともに紹介がある。

コサカの刺身定食 今回はコサカで刺身定食(1500円)を昼食に注文した。刺し身はアジとブリ、甲イカ。ハモの中骨で出しをとった吸い物には柔らかいタケノコが。天ぷらはハモとアジ、魚のすり身などがあり、おいしくいただいた。お土産は正栄堂製菓の名物「うず巻き」1本270円を2本買った。

 MAPには「とくとくクーポン券」がついている。正栄堂製菓で買い物をすると1人1個「しょうなん」というお菓子がもらえる。あんまり売り上げに貢献していないのに何だか申し訳ないような気もする。竹中さんによると、濃厚な味のブランデーケーキ(1本1900円)がお勧めだそうだ。今度買いに来ないといけなくなった。

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