津久見の海岸通を歩く

写真奥にJR津久見駅が小さく 「海岸通」の表示を見ても、伊勢正三さんが作詞作曲した「海岸通」とはすぐに結びつかない。JR津久見駅から津久見港に面した「つくみん公園」まで続く道路の途中に矢印付きの道案内があった。先月末に設置された。「海岸通」をもっとPRしようという津久見市長のアイデアのようだ。ただ、これだけでは地元の人か事情通ぐらいしか、その意味が分からない。伊勢さんの歌とのつながりを説明したものがほしい。そういえば10年ほど前にも「海岸通」は大分県南部の観光イメージソングとして使われたことがあった。

 「海岸通」の案内設置の話は先月28日にあった津久見市長の定例記者会見で出た。世間話のようになって読売新聞日曜版が話題になった。4月16日付朝刊の「名言巡礼」は伊勢さんの「海岸通」が生まれた津久見市が舞台となっている。

 読売新聞の記事を少し引用してみる。

 ステージからさざ波の音が流れた後、伊勢正三(65歳)が海のきらめきを伝えるようにギターを優しく爪弾き始める。生まれ育った大分県津久見市で8年ぶりに聴かせる最初の歌「海岸通」だった。彼が暮らした家の前の通りから、そのまま名付けたタイトルだ。「『海岸通 伊勢』だけで手紙が届いた。狭い街だからね」。伊勢は、そう言って笑う。

 佐伯支局長日誌と違って文章が軟らかく滑らかである。

 伊勢さんの生家が面していた通りはかつては文字通り「海岸通」であった。「海岸通」のバス停に昔の写真がその頃の写真がある。通りの一角にバス停が設けられた。「つくみ」「海岸通」「SPOT」「撮影ポイント」とあり、昭和30年代の写真と地図、昭和10年代の写真が添えられている。伊勢正三と海岸通のファンであれば、ここで記念撮影をというわけだ。ただ、言っては悪いが、今はJR津久見駅近くの何の変哲もない通りである。市長から話を聞いていなければピンと来なかったかもしれない。

 読売新聞日曜版のように津久見での伊勢さんの暮らしや経験など、歌が生まれた背景と作者の思いなどの説明がほしい。読売新聞は以下のように歌の背景を描く。

 「あなたをのせた船が小さくなってゆく」まで、いつまでも見送る歌物語の終幕は、切なくも優しい余韻を残す。歌には、津久見時代の淡い恋心も重ねた。小学校で転入してきた少女に対する思いを、高校卒業後に上京するまで伝えられずにいた。「海岸通」や「なごり雪」には、そんな未練も色濃く反映されている。

 なるほどと記事を読んでうなずいた。JR津久見駅にある歌碑JR津久見駅には伊勢さんの歌碑がある。「君が去ったホームにのこり」「落ちてはとける雪を見ていた」と、こちらは「なごり雪」の歌詞が刻まれている。伊勢正三やかぐや姫を知る人たちにはこれだけでいいのかもしれないが、それよりも若い世代にとっては説明不足ではないか。

 ところで「海岸通」が津久見、臼杵、佐伯3市の観光イメージソングになった話は西日本新聞から引用したい。2008(平成20)年5月17日付朝刊の記事がある。

 大分県津久見市出身の歌手、伊勢正三さんが作詞作曲したヒット曲「海岸通」が、同県南部の観光を盛り上げるイメージソングになった。同市と佐伯、臼杵両市の観光協会などでつくる「日豊海岸ツーリズムパワーアップ協議会」が16日発表したもので、往年の名曲の力を借り、リアス式海岸で知られる地域の売り込みを図る。

 記事によると、歌うのは津久見市出身の歌手川野夏美さん。各種イベントなどで流されるほか、同協議会の公式ホームページ「リアス」で無料ダウンロードできるようにするという。

 この日豊海岸ツーリズムパワーアップ協議会とは何だろう。「日豊海岸ツーリズムパワーアップ協議会」と打ち込み、ネットで検索してみると「大分県・臼杵・津久見・佐伯のWEBマガジン~日豊通信」とある。これをクリックしてみると「RIAS」が出てきた。

 それを見ると、3市による「パワーツーリズム実行委員会」が編集しているWEBマガジンとある。左側に「魚釣りに行こう」「ごまだし」などのタイトルが並んでおり、上から7番目に「海岸通り」「視聴する」とあった。これかと思ってクリックしたが、今は聴くことができなくなっていた。

 しばらく情報の更新がされていないことを示す項目は他にもある。これは一体どうしたことなのか。それを解くヒントがあった。「第2回観光資源活用トータルプラン最優秀賞事業」がそれである。これをキーワードに検索すると、高速道路交流推進財団が主催した事業であることが分かった。同財団は2013(平成25)年3月に国土計画協会と合併し、今はその名は消えている。

 ただ、事業は残っていた。「高速道路利用・観光・地域連携推進プラン」で16(同28)年度は2件の支援を決めていた。過去の支援一覧も見てみる。すると、日豊海岸ツーリズムパワーアップ協議会の名前があった。同協議会は07(同19)年度の最優秀賞で、福島県の喜多方市、会津坂下町、会津美里町でつくる「会津まほろば街道観光資源活用トータルプラン活用推進協議会」など3団体が優秀賞に選ばれた。

 同財団による支援期間は翌08年度から10年度までの3年間だった。支援終了とともに川野夏美さんの海岸通は聞けなくなったということか。金の切れ目が事業の切れ目といったことを繰り返していても発展は望めない。

 ただ、「RIAS」にある「丼海道」はまだ生きている。佐伯、津久見、臼杵3市の飲食店による「丼」の競演(ぶんご「丼」街道)は続き、定着してきている。成果もあったが、尻切れトンボに終わったものもあるだろう。事業の総括は行われたのだろうか。

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