15年目の間越の朝市

8月を除き毎月1回開かれる間越の朝市 佐伯市米水津(よのうづ)間越(はざこ)の朝市については何回か報告している。最近の佐伯支局長日誌では3月19日付「鯛やヒラメの舞い踊り」で紹介した。間越の朝市「来(こ)だんせへ市」は8月を除く毎月第3日曜日に開かれる。そして、5月に来だんせへ市が15年目に突入することから、21日は記念祭として開催される。この話は5月1日付佐伯支局長日誌「魚に纏わるエトセトラ」にも少し書いた。8日に関係者の打ち合わせがあるというので、それに合わせて少し詳しい話を聞きに間越に行くことにした。

 単なる催し物のお知らせ原稿ではなく、15年目の節目ということなので、これまでの経過を含めた長めの記事を書いてみようかと考えた。そこで、間越来だんせへ市実行委員会の戸高史郎会長に連絡し、8日に伺うことにした。

 打ち合わせは結構細かかった。記念イベントで餅まきを行い、海鮮丼を販売する。では、餅まきはいつするか。通常は朝8時半から活魚の競り、同9時から鮮魚販売を行う。その後か。では何時から。来賓の挨拶はどうするか。景品が当たるグラウンドゴルフもやる計画だが、それは何時から。そんな話が続く。

 販売する海鮮丼は「あつめし」である。熱々のご飯にタレに漬けた魚を乗せて食べる漁師のまかないめしで、その上にお茶をかけることもあるという。値段を幾らにして何食用意するか。いろいろと意見が出てなかなか集約に至らなかった。

 とにかく楽しく、面白くと考えてきたと戸高さんの妻美貴子さんらは言う。峠から間越海岸を望む手探りでのスタートだった。地区で朝市をやることになり、各地に視察に行った。ただ、野菜などを農家が出品する朝市は多かったが、魚を扱う朝市は見かけなかった。とりあえず、1万円、2万円とみんなで資金を出し合って始めた。行政の補助金はもらわなかった。今はりっぱな施設があるが、最初は小屋のようなものをつくり、貨物輸送に使うコンテナを使った時期もあったという。

 そうこうするうちに色んな人が知恵を出してくれるようになった。加工場や販売施設の建設には補助金を活用した。雨が降ってもよける場所もなかったが、今は広い屋根がある。

 間越に新しい風を吹き込んだのは「なずなの塩」だったという。1999(平成11)年5月に間越海岸に製塩場ができた。自然塩をつくるためにやってきた人たちに地域も刺激を受けた。さらに、つい最近新たな施設ができた。間越ネイチャーセンターである(2016年6月25日付佐伯支局長日誌「2週続けて『間越』行き」で紹介した)。ダイビングなどマリンレジャーを楽しむ若者が間越を訪れるようになった。

 間越にはおいしい魚がある。それを知って欲しい。朝市を始めた一つの目的だった。でも、それだけでここまでやってこれたかどうかは分からない。続けられたのは常連客との交流であったり、ボランティアの手助けだったりもある。大分市や豊後高田市などからボランティアで長く通い続けている人もいるという。

 試行錯誤も多かった。加工場をつくったのはすり身や干し物などを作り、販売するためだが、今はやっていない。人手が回らない。人気の鮮魚は希望者でじゃんけんして購入者を決める。これも2、3年前から始めたという。早い者勝ちにすれば客同士の小競り合いが起きることもあるというのはよく分かる。「安くてうまい旬の魚を食べたい」という思いは共通だからだ。

 実行委員会の2代目会長の嶋原さん方にも3代目会長の戸高家にも子どもたちが帰ってきた。親子で漁業に携わる。嶋原さんも戸高さんも子どもたちが朝市を続けてくれると思っている。

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