国木田独歩の作品朗読

国木田独歩館に明かりが灯っていた 朗読とフルート演奏による第109回独歩忌が23日夕、佐伯市の国木田独歩館で開かれた。独歩は1893(明治26)年に青年教師として佐伯にやって来た。そして、翌94(同27)年まで下宿した民家が現在の国木田独歩館である。明治時代を偲ばせる家屋で、蛙の鳴き声とともに静かに朗読に耳を傾けると、独歩の文章がすんなりと頭に入ってくる感じがする。

 この日朗読されたのは「豊後の国佐伯」より「番匠川」と「城山」の2作品と「元越山を登る記」。会場でもらった資料によると、「元越山を登る記」は1893(明治26)年11月執筆で、「豊後の国佐伯」は95(同28)年発表とある。

 独歩は下宿する佐伯の城下町から南へと向かい、番匠川に出た。そこで渡しの船に乗り、対岸にある木立に至った。ここから標高581mの元越山山頂を目指した。元越山は旧佐伯市と旧米水津(よのうづ)村の境にある。

 元越山を登る記は独歩が下宿を出てから戻るまで1日を登山を主軸に書いたルポルタージュである。独歩の3作品が朗読された山に登る苦労と眺望の見事さ、途中で出会う人々と習俗が描かれている。作品の中で使われている言葉に分かりにくいものがあっても、プロの語り口に助けられてその情景が眼に浮かんでくる。とはいえ、まったく基礎知識がなしではプロの語りを持ってしても、内容はちんぷんかんぷんではなかったろうか。

 独歩忌は佐伯独歩会が主催している。昨年度から佐伯市の活性化チェレンジ事業の一つとして認められ、市の補助金を受けて「独歩の四季プロジェクト」を実施している。

 佐伯独歩会の活動については2016年8月4日付佐伯支局長日誌「国木田独歩を巡る動き」で少し紹介した。「明治の文豪と私たちの距離がますます開いていくのを痛感します」と佐伯独歩会は言い、まずは佐伯市民に独歩と佐伯との関わりを改めて知ってもらうための活動をしているとの話だった。

 具体的には、6月の独歩忌を皮切りに、10月20日ごろには国木田独歩館の道路を挟んで反対側にある佐伯城下町観光交流館で独歩の時代の音楽を演奏する催しを開く。続いて11月20日ごろに独歩が食した佐伯の料理を再現してみる。最後に来年2月18日ごろに種田山頭火と独歩との関わりをテーマにしたトークショーを行うという。

 催しの狙いは独歩を身近に感じてもらうことだろう。ただ、昨年の8月4日付日誌でも書いたが、「今、なぜ独歩なのか」を分かりやすく示せないと、独歩を改めて顕彰しようという折角の努力も空回りに終わることはないだろうか。

 大分県では2018(平成30)年10月6日から11月25日まで第33回国民文化祭・おおいた2018と第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会が開かれる。佐伯市ではそこで「佐伯と独歩との関わり」も題材の一つになるとの話だった。

 この際、独歩と佐伯との関わりといった限定的なものではなく、独歩とその作品全体を再評価、再発見する、今日的な意味を明らかにする-。そんな大風呂敷を広げた催しを企画してはどうだろう。どこもやらないなら佐伯でやってみてもいいのではないか。

 朗読とフルートの独歩忌には国士舘大学の中島礼子教授も顔を見せていた。例えば中島教授の力を借りて国内外の独歩研究者を集めた国際シンポジウムなどを開いてはどうだろうか。独歩研究と言えば「佐伯」との評価が定着し、常に新たな視点を提供するようになれば注目度も上がるかもしれない。国民文化祭をテコに、地方都市とは思えないような野心的で大胆な試みをやってみてはどうか。

 独歩の作品の朗読を聞きながら、愚にもつかないようなアイデアがいろいろと浮かんできた。

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