海岸フェスタin黒島

黒島に渡る船を手前に写真を撮る 泳いで渡れそうな距離に小さな島がある。そこに船で行く。小さな子どもならばちょっとした冒険気分になるかもしれない。11日午前中は臼杵市の黒島に行ってみた。7月17日の「海の日」に続いて「山の日」も「おおいたうつくし海岸づくりフェスタin黒島」が開催された。この日は渡船料(大人500円、子ども250円)が無料となる。「黒島に再び賑わいを」と願う人たちが企画した催しの人出はどうか。少し気になったのでのぞいてみた。

 昨年は「黒島按針フェスティバル」として8月7日に行われた。今年は7、8両月に各1回と規模を大きくできたのは日本財団の「海と日本PROJECT」の助成を得られたから。その話は6月14日付佐伯支局長日誌「ビーチクリーン大作戦」で紹介している。

 正確に言えば、助成を受けてフェスタを主催するのはNPO法人おおいた環境保全フォーラム。会場も黒島だけでなく田ノ浦海浜公園(大分市)と屋形島(佐伯市)の計3カ所で、それぞれに実行委員会が設けられた。当然、黒島で中心になったのは地元で黒島を盛り上げようという人たちである。

 黒島のかつての賑わいはこの日誌で紹介したことがある(2016年6月1日付佐伯支局長日誌「海水浴客で島が沈んだ」)。船には多くの海水浴客がそんな昔の賑わいから見ればささやかなものかもしれないが、渡船は多くの海水浴客を乗せてきた。助成があって渡船料を無料にしたのは大きい。

 というのも、島に渡るためにクルマを駐車する料金は1日500円。両親と子ども2人の4人の渡船料(往復)は合計1500円で、駐車料金と合わせると2000円になる。これが島から足が遠のく一因でもあった。船の乗客の中には「この前黒島に来たのはいつだったか(覚えていないくらい)」と話す地元の人もいた。

 この日の海岸フェスタは島の歴史探訪から始まった。宝探しのヒントが出る歴史探訪歴史探訪に参加するとお昼からの「宝探し」(小学生以上100人)のヒントがもらえる。案内人は臼杵市文化・文化財課の神田さん。専門家である。昨年6月1日の海開きの後に神田さんの案内で島をぐるっと回ったことがあった。今回はそこまではなく、海水浴場近くを巡ってそれぞれ説明を受けた。

 まずはオリーブの木。「海の家」の近くに1本ある。神田さんによると黒島の植生は台湾に似て亜熱帯性だという。海水浴場周辺を歴史探訪したオリーブと言えば地中海でもある。かつて大友宗麟の時代に臼杵にポルトガル人やスペイン人が多く住んだ。彼らはオリーブが繁茂するような臼杵に故郷と同じ気候を感じたのではないか。そんな話にもなった。続いて横のデ・リーフデ号資料館に移った。ここには黒島に到着したとされるオランダ船のデ・リーフデ号の模型が飾られている。

 次は少し奥に入った「殿様の井戸」。黒島には臼杵藩主の別荘があった。江戸時代に藩主は参勤交代で江戸に上るとき、大坂までは船で行った。船には風呂がないので前日に黒島で一泊して入浴する。「殿様の井戸」は貴重な水源となった。

 井戸から戻って海辺のリーフデ号記念公園に出た。英国人ウィリアム・アダムス(三浦按針)やオランダ人ヤン・ヨーステンなどの像がある。デ・リーフデ号と徳川家康の家臣となった三浦按針らの話を聞いた後、オランダから贈られたという日時計の説明を受けた。

 ここまで5カ所。最後に日時計とともに記念公園の一角にある「黒島遺跡」の案内板の前に立った。これで宝探しの全てのヒントが示された。

 午前中で佐伯市に戻ったので宝探しのその後は分からない。黒島の全景ただ、島という舞台と冒険心をくすぐる仕掛けとしての「宝探しゲーム」は面白そうだ。この日は海水浴場近くにポイントを置いて参加しやすくしたが、かつての黒島城や1600年前(?)の古墳なども使って、本格的な宝探しゲームをやってもいいのではないか。「臼杵版宝島」として初級から上級までいろいろな「宝探し」を企画してはどうか。うまくいけば、大人もはまるのではないか。穏やかな海を見ながら、そんなことを考えた。

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