シベリア出兵~その②

シベリアでの1年間をつづった日記 シベリア出兵のにわか勉強を続けた。今日の資料の一つは「シベリア出征日記」(松尾勝造著)。風媒社から1978(昭和53)年2月に初版が発行されている。松尾氏は18(大正7)年8月にシベリアに派遣された第十二師団の小倉第十四聯隊に所属し、8月10日に出征、翌19(同8)年7月8日に帰還した。その間、日記を書き続け、「ユフタの惨劇」の目撃者にもなった。資料はそれともう一冊。「シベリア出兵~近代日本の忘れられた七年戦争」(麻田雅文著、中公新書、2016年9月発行)。当時の国際情勢や国内の政治情勢などを踏まえて大所高所から日本のシベリア出兵を分析、解説したものだ。

 小さな文字がびっしりと1ページに2段にわたって詰め込まれた松尾氏の出征日記は眼にこたえる。しかし、当時20歳そこそこの新兵として初めて外国、さらに戦場に赴き、そこで体験した日々を綴った日記は貴重であり、こう言っては何だが、面白い。この日記を大事な参考資料の一つとしてシベリア出兵を書いた作家の高橋治氏が「シベリア出征日記」の解説を書いている。

 その解説でうなずいたのは次のくだりだった。

 「新聞記者に武器を持たせ、第一線に従事させ、一日も欠かさず記事を送らせる。そのようなことが可能だろうか。仮に可能だったとしても、職業人であるだけ素朴さが失われ、省略と誇張が表現の名の下になされて、メリハリはきくだろうが、それだけ戦場での真実は手で砂をすくうようにこぼれ落ちて失われるに相違ない。松尾日記はこの点であり得るべからざることを実在のものとしてしまっている」

 一人の兵士、一人の人間としてありのままを書き留める素直な目が感じられる。しかも、と高橋氏は言う。松尾氏の日々の記録を内地の兄宛に送った手紙は厳しい検閲を通り抜け、全て兄の手元に届けられ、保管された。それは奇跡に近いと高橋氏は言う。

 当時のシベリア出兵を巡る当時の新聞界がどうだったか。桜ケ丘聖地にある案内板麻田氏の「シベリア出兵」から引用してみる。18年8月2日の日本政府によるシベリア出兵宣言の前後に全国各地で米騒動が本格化していた。

 「きっかけは井戸端会議だった。七月二十二日の夜、富山県下新川郡魚津町(現魚津市)の漁民の妻たちは、米の値段が上がり続けることに不満をもらしあう。翌日、米を船へ積み出す副業を中止してもらおうと、彼女たちは資産家や町役場のもとに押しかけた。これが『越中女一揆(えっちゅうおんないっき)』として報道されると、またたく間に全国に暴動が飛び火した」

 米の価格上昇は、出兵が近いことを見越した商人の売り惜しみや、軍による調達が関係していたことが、当時から指摘されていると麻田氏は書く。

 麻田氏によると「全国の新聞は米騒動に対して、一致して寺内内閣の失政を責めた」。一方、シベリア出兵については新聞の賛否が分かれたそうだ。

 当初は出兵に慎重だった当時の「読売新聞」は途中から「シベリア出兵は得策なり」と社説が一変する。陸軍の田中義一参謀次長は出兵のために世論を味方に抱き込もうと、陸軍の機密費を新聞界に注ぎ込んでいた。そして、当時経営難だった「読売新聞」に資金提供を申し出た-。

 これがアメならムチも使った。「出兵宣言を目前にした七月三十日、内務省は各紙で出兵関係の記事を差し止め、沈黙を強いた」。「当時の主要なメディアである新聞と雑誌は、次々に政権に牙を抜かれた。その眼前で、寺内内閣と陸軍は、シベリア出兵を順次拡大していく」

 麻田氏は当時の時代状況をこう説明している。一方、そんな世情の中で松尾二等兵は考えていたことがあった。8月10日に門司港(北九州市)を出港した輸送船は13日にウラジオストクに到着する。

 その3日後の16日に日記を書く目的が記してあった。

 「今後の便りは候(そうろう)文はやめ、緑が目につく桜ケ丘聖地日記そのままを送付申し上げべく、然してペンをやめて鉛筆と致し候。鉛筆なれば何時の場合でもたやすく書け申すに反し、万年筆はインキだスポイトだと面倒に候上に、冬期に至りては凍結仕(つかまつ)り、使用不要と相成る由」などと前置きした上で、日記を書く目的が書かれている。それが以下の文である。

 「私つつがなく凱旋(がいせん)出来候はば、これによりシベリア出征日記を作製いたしたく候につき、音信はたとえハガキ一枚に候ても、日記として落ちなく御保存の程お願い申し上げ候」。続けて「もし私戦死致し候際は、一兵卒の出征記録として綴りおき下されば、後日何かの参考と相成るやも知れずと存じ申候」と松尾氏は書いた。

 高橋治氏の尽力もあって日記はほぼ60年の歳月を経て一冊の本となり、世の中に出ることになった。今回、シベリア出兵を調べてみようと思わなければ知ることもなかったが、一読に値する本である。

 

 

 

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