ダイエー優勝の下敷き

パ・リーグ優勝の胴上げ写真 会社から離職票が届かないので職安(ハローワーク)には行っていない。今は失業中なので「支局長日誌」の続編みたいなものを書いている。新しい仕事が見つからなければ、このまま元支局長日誌を書き続けることになるのだろうか。さて、左の写真は古い資料を片付けているときに見つけた「下敷き」である。福岡ダイエーホークスのパ・リーグ初優勝、さらに日本一となった記念品だった。

 西日本スポーツが販売促進用に配ったものだろう。「購読のお申し込みはフリーダイヤル0120-44-0120」と書かれている。1999(平成11)年9月26日の「西スポ」の一面の記事である。

 記事の書き出しは「ダイエー悲願の初優勝!九州に36年ぶりのチャンピオンフラッグ‐」とある。福岡ダイエーホークスが球団創設11年目でパ・リーグ初優勝を遂げた。九州のプロ野球球団としては西鉄以来36年ぶりというわけだ。

 大きな見出しで「王ダイエー泣いた」「36年ぶり舞った」「おめでとう初優勝」とある。胴上げされているのは当時の王貞治監督である。

 今の福岡ソフトバンクホークスしか知らない人たちには、この記事は大げさすぎるかもしれない。

 日本一の売上高を誇ったダイエーが南海ホークスを買収して、本拠地を大阪から福岡に移したのが1988(昭和63)年。新球団は当時福岡市にあった平和台球場をホームとしてペナントレースに参戦することになった。

 平和台球場でダイエー戦を観戦したこともあったが、ダイエーホークスの草創期はお世辞にも強いチームとは言えなかった。

 転機は「球界の寝業師」と呼ばれた故根本陸夫氏が監督に就任したことだろう。大型補強や有力新人の獲得で戦力を増強していった。胴上げ写真の片隅に見える額縁に入った写真が根本氏の遺影である。

 この年パ・リーグ優勝に続いて日本シリーズで中日ドラゴンズを破って日本一に輝く。日本一の胴上げ写真その胴上げ写真が下敷きのもう一方に印刷してある。九州に本拠地を置く球団としては1958(昭和33)年以来41年ぶり、ホークスとしては前身の南海の64(同39)年以来35年ぶりの日本シリーズ制覇となった。

 今や常勝軍団として、かつてパ・リーグの下位に甘んじていた面影は微塵も感じさせない。リーグ優勝は当然といった雰囲気も漂う。本拠地は平和台から百道の大きなドーム球場へと移り、球団のオーナーはダイエーからソフトバンクへと代わったが、チームを強くしていく、優勝するという一貫した姿勢、方針が保たれ、それが功を奏しているのだろう。

 昔のスクラップや資料などを読み返していると、今起きていることが必然と思えることがある。その時々の表面的な動きに目を奪われていると、底流にある一貫した流れ、本質といったものを見逃すことがある。そんなことが少なくない。古い資料を捨てながら、そんなことも考えた。

 

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