国民文化祭のプレ行事

おおいた大茶会1年前イベントの文字が 大分市にある大分県立美術館前の道路をクルマで通りかかると、交通規制がかけられようとしていた。立て看板があって何か書いてある。午前10時から午後3時まで美術館前の大通りを通行止めにして、いろんなイベントが開かれるようだ。会場に行ってみると、「第33回国民文化祭・おおいた2018」「第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会」の文字が飛び込んできた。そういえば「国民文化祭がどうの」といった話を何回か聞いていたことを思い出した。文化や芸術という言葉に縁遠く、忘れてしまっていたのだ。

 中心部の商店街でもカウントダウンボードの設置作業が行われていた。今年は奈良県で第32回国民文化祭が開催中で、商店街に設置中のカウントダウンボード来年は大分県が舞台になる。大分での期間は10月6日から11月25日まで51日間となる。設置されたボードには来年の開幕日までの日数「370」が表示された。

 美術館前で行われていたのは「おおいた大茶会1年前イベント」。開催まで約1年となった文化祭に向けて県民の関心とムードを高めていこうというプレイベントであり、今年の第19回大分県民芸術文化祭の開幕行事でもあった。

 ところで、国民文化祭とは何だろう。大分国民文化祭のホームページをみると、「全国各地で行われている各種の文化活動を全国的規模で発表、競演、交流する場を提供することにより、国民の文化活動への参加の機運を高め、お茶が振舞われた美術館前の会場新しい芸術文化の創造を促すことを目的として、昭和61年度から毎年、全国持ち回りで開催されている国内最大の文化の祭典です」とあった。

 全国障害者芸術・文化祭も1986(昭和61)年に始まった。全国各地で行われている各種の文化活動を全国的規模で発表、競演、交流する場を提供することにより、国民の文化活動への参加の機運を高め、新しい芸術文化の創造を促すことが目的‐とある。

 文部科学省の説明では「国民文化祭は国民一般(アマチュア)が行っている各種の文化活動に競演、交流、発表の全国的な『場』を提供するもの」とある。89(平成元)年からはアジアや欧州などの青少年などとの交流を行う事業も加わったという。

 「国民文化祭とは」といった話を続けても面白くない。ただ、全国持ち回りの文化祭ができた背景の一つに地方での文化行政の充実があると文科省は言う。

 文科省の「学制百二十年史」によると、「(昭和)50年代に入り、すべての都道府県に文化行政担当の課が設置され、芸術文化担当の係などが設けられるようになるとともに(略)、公立文化会館や公立美術館、公立歴史民俗資料館の建設も盛んにおこなわれた」。そして「芸術文化関係予算も大幅に増加した」。

 芸術・文化の分野で都道府県のヒト・モノ・カネが整ってくるにつれて地方で大掛かりな催しをしようという機運が高まってきたということのようだ。大茶会会場で県南3市もPR過去の開催状況を見ると、第1回は東京都で行われ、参加した都道府県数は31だった。2回目は熊本県で開かれ、38都道府県が参加している。第3回は兵庫県で47都道府県すべてが顔をそろえた。以降、1、2回の例外はあるが、全都道府県の参加が慣例化している。

 開催日数は1、2回ともに10日間だった。その後は多少の変動はあったものの10日前後の開催期間が普通だった。ちなみに大分県では「第13回国民文化祭・おおいた98」が10日間の日程で開かれており、今回が2回目となる。開催地をざっと見た限り2回目となるのはほかになかったと思ったが、どうだろう。

 開催期間に大きな変化があったのは第27回国民文化祭とくしま2012で開催日数は105日間だった。山梨県で翌年開かれた第28回は303日間に及んだ。その後は秋田(31日間)、鹿児島(16日間)、愛知(36日間)と短くなったが、今年の奈良は9月1日から11月30日までの3か月間と再び長くなった。

 始まった頃に比べると、大規模化、長期化している。その理由は何なのだろう。

 と、ここまで書いてきて気が付いた。19回を数える大分県民芸術文化祭は前回の国民文化祭・おおいた98をきっかけに生まれたものだということを。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です