白隠禅師と座禅の教本

来年1月に始まる「白隠さんと仙厓さん」のチラシ 恥ずかしながら「白隠慧鶴」の名前を知ったのは今年2月のことだった。臼杵市歴史資料館で行われる企画展の取材に行った(2月28日付佐伯支局長日誌「白隠慧鶴と仙厓義梵」)のがきっかけとなった。機会があれば少し勉強しようと思っていたら、9月30日に大分市のコンパルホールで「白隠フォーラム in 大分」が開かれた。そこで「坐禅の仕方」などが書かれた小冊子をいただいた。試してみたが身体が硬すぎた。白隠禅師にわずかでも近づくためには柔軟体操から始める必要があることに気づかされた。

 会場で配られた小冊子は中央に「禅-いまを生きる」とあり、その右横に「臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱」とある。全国各地でシンポジウムや講演会が行われており、今回の大分フォーラムもその一環のようだ。

 フォーラムは花園大学国際禅学研究所などの主催だった。白隠フォーラムの案内板同研究所顧問の芳澤勝弘さんが「白隠禅画をよむ」と題して講演し、大分市の万寿寺の佐々木道一老大師が「衆生本来仏なり」をテーマに話をした。芳澤氏の著書「白隠-禅画の世界」(角川ソフィア文庫)はざっと一度読んでいた。

 この日のテーマは「白隠-禅画の世界」でも詳しく触れられている白隠作の「『富士大名行列図』の意味するもの」。大分県中津市の自性寺に所蔵されるこの画に込められた白隠の意図が解説された。

 白隠禅師といえば厳しい修行と数多くの書画で分かりやすく教えを説こうとしたことが有名だそうだ。それは「白隠さんが深く愛した『菩薩の威儀』の端的な実践」であるという(西村恵信著「白隠入門―地獄を語る」法蔵館刊)。

 同書によると、菩薩の威儀とは、おのれのみの救済を求めず、常に他の人々のためにおのれを捧げる精神の謂であり、これを一口に「利他の願行」という。つまり、白隠禅師は、人生前半に積んだ血の出るような仏道修行で得た悟りの光明を、一人でも多くの人に分かち与えようと利他行に生涯を捧げたのだ-などと同書は解説する。

 一人でも多くの人に考えてもらい、分かってもらうために様々な工夫をした。その著作は5種類に分類できると西村氏は書いている。その一つが一般庶民に分かりやすく、面白く説いた仮名法語(「おたふく女郎粉引歌」など)だという。

 入門書を読んでいくだけでもなかなか難しい。ただ、話を先に進めるために我流でも説明を続けなければならない。富士大名行列図で白隠禅師は世の人の暮らしを語り、人生の真実というべきものは何かを語ろうとした。そして、人生の真実に迫り、誰もが会得できる手段が端的には坐禅であるという。入門書をそんなふうに理解したのだが、どうだろうか。

 もう一人の演者である佐々木大老師の演目「衆生本来仏なり」は白隠禅師が坐禅の勧め、参禅の入門書として著した「坐禅和讃」の書き出しである。禅-いまを生きるの小冊子もらった小冊子には座禅の仕方のほかに「食事五観の偈(げ)」や「四弘誓願文」「普回向」とともに「魔訶般若波羅蜜多心経」「白隠禅師坐禅和讃」が掲載されている。

 坐禅和讃は「衆生本来仏なり」に始まり「水と氷の如くにて」「水を離れて氷なく」「衆生の外に仏なし」「衆生近きを知らずして」「遠く求むるはかなさよ」‐と続いていく。

 この坐禅和讃の解説が西村氏の「白隠入門」にある。入門書なのに理解が難しいのは、それ以前の基礎知識がないからだろう。それでも部分的には面白いと思う。例えば仏とは「悟った人」「覚めた人」だという。

 悟る、覚めるためにはそれ以前迷ったり、眠っていたりした状態がなければならない。迷うことと悟ること、衆生と仏とはいわば一枚の紙の裏表の関係-。そう言われると何だか分かったような気もしてくる。とりあえず勉強を続けてもう少しちゃんと説明ができるレベルまでは持っていきたいと思う。

 「自分中心の現代人」。本来は環境に順応しながら生きているのに、あたかも自分たちが環境をコントロールをしているかのように考えている。正確な言い回しではないが、佐々木老師の話にそんな意味合いのことがあった。うなずける話である。

 まずは自省が必要なようだ。なんとなく坐禅を組んでも悟りには近づけない-。白隠禅師はそうおっしゃるが、最初の一歩として身体レベルを無理なく坐禅が組めるまでに柔軟にすることが当方にとっては喫緊の課題になる。

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