ぎょろっけの始まりは

津久見市の太田商店が出店していた 11、12の両日開かれた「おおいたマルシェ」に行ってみた。JR大分駅南側にある芝生広場「大分いこいの道」が会場となり、大分市以外からも出店がある。津久見市からは「太田商店」と「やきとり亀吉」(亀吉)が参加していた。津久見市は9月に襲来した台風18号で大きな被害を受けた。その復旧・復興の途上にあり、太田商店の店先には「がんばろう津久見」の幟がはためいていた。太田商店といえば「ぎょろっけ」である。コロッケの形をした、さつま揚げ風の魚肉と野菜の練り製品と説明すればいいだろうか。ところで「ぎょろっけ」の始まりはいつ、どこでだろう。それを言い出すと論争が起きるかもしれない。

 会場に新おおいた名物「にらぎょろ」なるものがあった。「にらぎょろ」という変わり種も売られていた大分市特産のニラを大分名物の「ぎょろっけ」に大胆に使ったものといえばいいのか。大分県立芸術文化短期大学の1人の学生が卒業制作として商品化に取り組んだようだ。そんなことが書かれている説明板に「ぎょろっけの始まり」があった。

 それによると、大分名物ぎょろっけは戦後の食料難の時代だった昭和27(1952)年頃に大分市の三和蒲鉾店が開発・製造を始めたのが起こりのようだ。栄養豊富でヘルシーな「優等生食品」として現在も各地に根付いていますと説明は続いていた。

 どうなのだろう。これが定説として県内の関係者に受け入れられているのだろうか。というのも「太田商店」についてネットで検索していて気になる表現があったのだ。

 大分合同新聞の8月17日付夕刊に太田商店を紹介した記事があった。

 その書き出しに「津久見市のソウルフード『太田のぎょろっけ』が味や製法を引き継ぎ、新たなスタートを切っている」とある。記事は続けて「後継に悩んでいた老舗の製造会社『太田商店』を、市内の水産加工会社『カスガ水産』が事業継承した。きっかけは、市内外のファンから愛される味を守り、伝えていきたいとの思いだった」とあった。

 気になる言葉は「津久見市のソウルフード」である。太田商店のホームページには「大分県津久見の太田商店の元祖ぎょろっけ」という言葉もある。ソウルフードとは曖昧さを残す言葉であるが、「本場」「特有」という意味ならば、大分市でできたものの本場が津久見というものしっくりこない。ぎょろっけの始まりは地域によって違う、諸説ありということか。

 さて、津久見市から出店したもう一店の「やきとり亀吉」もよく知られた店である。津久見のやきとり亀吉の看板があった津久見市で現在展開中のモイカフェスタにも参加している。旬のモイカ(アオリイカ)を使った丼定食がある。それはモイカとヨコヅーナのハーフ丼(税込み1380円)、つくみモイカの3色丼(税込み1780円)だと、津久見市観光協会のホームページにあった。

 ちなみにヨコヅーナとは津久見で養殖されているクロマグロの商品名である。

 天候にも恵まれてマルシェの人出は多かった。地元の農産物を使った地元の商品を買って食べる。地産地消を進めるための催しで、今回が8回目ということだった。1回目は4年前のようだ。旧大分市の市制施行100周年と新大分市の市制施行50周年を合わせた「大分市誕生100年記念事業」の一つとして企画されたという。

 おおいたマルシェの中心にいるのが8月18日付佐伯支局長日誌「女性起業家のセミナー」に登場した中晴紀子さんということになる。あちこちに足を運ぶことで、これまで書いてきた「点」と「線」が現実のものとして少しずつ繋がってきている。

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