財政再建なき増税論議

大分市で開かれた有機農業のフェスタ 大分市中心部の若草公園で開かれた「おおいたオーガニックフェスタ2017」を見に行こうとして家を出ると雨が降っていた。雨は勢いを増し、会場に着いた時も降り続いていた。出鼻をくじかれて、早々に会場を後にして近くのデパートに。そこで買い物を済ませると、雨はやみ、青空も見えていた。日頃の行いが良くないから、その報いを受けたのかもしれない。

 フェスタは大分県内で有機・自然農法に取り組む生産者や加工食品製造者、料理人ら71組が出店。昨年の催しでは1万人の来場者があった-と新聞の記事にあった。

 フェスタは「来年改めて」と思って、大分県立図書館に向かった。県立図書館で4冊借りた疑問に思っていた「床の間」(12月5日付の日誌「本日の日誌は休みます」)について調べることが目的である。1978(昭和53)年12月発行の岩波新書「床の間-日本住宅の象徴」(太田博太郎著)など建築関係3冊に加え、もう一冊「タックスイーター-消えていく税金」(志賀櫻著、岩波新書)を借りた。

 新聞やテレビを見ると、来年度税制改正の論議が行われ、所得税やたばこ税などの増税が固まったようだ。しかし、と思う。詳しいことは分からないが、政府与党は要するに「財政再建なき増税」路線を突き進もうとしているように見える。それはかなり危うい路線である。

 素人のおぼろげな記憶だから、間違っているかもしれない。国の財政再建が大きなテーマになったのは高度経済成長の終焉とともにであった。

 高度成長が続いていたころは税収の不足を心配することはなかった。好不況の波はあったが、企業の収益も労働者の賃金も右肩上がりの基調が続き、黙っていても税収は増えていった。この頃の政府与党の税制改正の課題は減税であった。

 労働者の所得が200万、300万、400万円と増えて行けば、その分税金も高くなる。物価も上がっているから、所得税率がそのままではモノの値段も上がるし、税金も上がるしで、かえって家庭の実質的な可処分所得は少なくなり、生活は苦しくなってしまう。

 当然、企業や労働者の不満が高まるから、政府は減税をしなければならなかった。思えば古き良き時代だった。やがて高度成長は終わりを告げ、安定成長時代がやってきた。しかし、人間の考え方や習慣はすぐには改まらない。税収がかつてのように増えて行かないのだから、使う方(歳出)も抑えなければならないのだが、一度緩んだ財布はなかなか締まらない。

 景気が悪くなると、公共事業を増やせとか、減税して景気刺激を-、といった声も高まる。そうこうしているうちに財政は悪化していった。その財政状況が一時、急激に好転したことがあった。バブル経済の時である。だが、バブル崩壊後再び財政赤字が膨らんでいった。

 2000年代初頭の小泉政権では聖域なき構造改革といったキャッチフレーズが用いられた。小泉政権の基本的なスタンスは「増税なき財政再建」、つまり消費税率引き上げをしないままで財政再建に道筋をつけようといったものだった。

 一時はうまくいくかと思われたが、欧米を中心としたバブル経済がリーマンブラザーズの経営破綻とともに完全に崩壊。日本経済も大きな打撃を受けた。

 その後は消費税率引き上げを睨みながら、行財政改革を行い、負担増に対する国民の理解を得る路線がとられることになった。増税と行財政改革の同時実施ともいえるだろうか。税と社会保障の一体改革もその一環である。成功例としてカナダがしばしば紹介された。

 こうした財政再建の系譜から言えば、今の流れは「財政再建なき増税」路線と言えるのではないか。消費税を上げるが、借金返済は少し先延ばしして、子育てなど人づくりに充てるという。

 経済成長すれば財政収支も好転し、借金しなくても、その年の財政が賄えるようになるし、その先では膨大な借金も返済できるようになる。ちょっと前まで、そんな話があったような気がする。しかし、その話はまだ現実とはなっていない。借金を返せる時代がいつ来るか。現状ではそれも分からない。

 個人的には今の日本経済は「前借り経済」だと思っている。稼ぐ以上に使っているサラリーマンが給料の前借りをしている状態だ、と。借りれらるうちはいいが、それができなくなったらどうするのだろう。

 いいかげんな記憶で曖昧な話を長々と書いてしまった。なぜ志賀櫻氏の本を借りたのかについては後日に改めて書いてみたい。

                

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