大みそかの神社に行く

大みそかの神社を訪ねた 大みそかの神社には人影がなかった。わずかだがお賽銭を出して1年の無事を感謝した。とはいえ、こちらの神社にいつも参拝しているわけではないし、まして氏子でもない。実は初めて参ったのだ。お宮の写真を撮らせてもらおうとちょっと挨拶をさせてもらった。目当ては屋根の下に見える「軒」である。「木の軒」は2020年東京五輪のメーン会場となる新国立競技場のデザインのテーマなのだそうだ。

 隈研吾氏の著書「小さな建築」(岩波新書)を図書館で借りたことは、この日誌で書いた。隈氏の著書を借りた後、氏が日本記者クラブで講演(記者会見)した時の詳録を読んでみた。

 東京五輪のメーン会場となる新国立競技場が氏の設計プランで建設されることになり、氏は新競技場整備をテーマに2016(平成28)年2月1日に講演と質疑応答を行っている。

 タイトルは「木を使い杜(もり)との調和をめざす」。その話の中に日本建築の「軒」のことが出てきている。ちょっと長いが講演の詳録から引用してみたい。

 建物(新国立競技場)の話に戻ります。軒下は日本建築の特徴という(競技場の)高さを低くしたうえで、周りの杜と調和するために木をふんだんに使っています。コンコースの周りの部分を下から見上げると、木の軒のようにデザインしています。その軒のようなデザインが、これも日本の伝統の「わざ」です-。隈氏の話はさらに続く。

 日本のお寺や神社は、下から見上げると軒が見えるわけです。軒のところは木の垂木や組み物とかが使ってあって、そこを見て、木の温かい感じが伝わるようにできています。「木の軒」をテーマにして、(建物の)それぞれの断面を決めていきました-。隈氏はこんなことを話していた。

 講演で隈氏は「ここ10年ほど、木を使うことを一種の自分の使命であるとも考えています」と述べている。「20世紀は工業化社会でして、木の建築が迫害された時代でした」「私が入った大顔建築学科でも、コンクリート、鉄しか教えてくれないのです。木で作るということは教えてくれないような時代でした」‐とも話している。

 しかし、時代は変わった。「木を使うということは地球環境にとっても大事なことです。木を使って長持ちさせること、これが非常に重要です」と氏は聴衆に語りかけている。

 氏は次のようなことも言っている。「特に日本の建築は、後で間取りも変えるし、柱の位置さえも変えてしまう。木造建築のすごいのは、柱の位置も変えられるということ。これは世界で唯一のシステムです」

 この詳録に触発されて神社の軒下を見に行った。これが大みそかの参拝の動機である。

 

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