忘れられた?豊府聞書

図書館で借りた豊府聞書 1956(昭和31)年の「大分市史」に引用された「豊府聞書」は大分県立図書館にあった。大分市史を読んだ経緯は2月18日付日誌「毘沙門橋の由来を探る」で書いた。改めて図書館に豊府聞書を探しに行くと、その書棚には「豊府紀聞」という冊子もあった。豊府聞書の表紙には「元禄十一年戸倉貞則作」とある。一方、「豊府紀聞」の表紙には「市場直次郎、十時英司氏編集」とある。似たようなタイトルだからと二つを手に取ってパラパラめくると、ほぼ同じ内容のようだ。そして、最後のページを見ると、どちらにも福岡市在住の「日名子健二」という名前があった。両方とも日名子氏が個人的に出版したようだ。

 日名子氏による豊府紀聞の発行は2008(平成20)年5月、豊府聞書は09(同21)年1月とある。わりと最近のものだが、復刻した人が福岡在住なのはなぜだろう。大分では江戸時代の古文書である「豊後聞書」を研究する人がいないからか。豊後聞書は地元では忘れ去られた文書なのか。漢文だらけの資料を見ながら、疑問が浮かんできた。

 ところで、市場直次郎、十時英司とはどんな人物なのか。豊府紀聞の最後に日名子氏が書いている。

 日名子氏は「本書(豊府紀聞)ワープロ編集の動機は、戸倉貞則はもちろんであるが、市場直次郎氏の労苦に感動したからである。同氏が公務の合間に、寸暇を惜しんで編集したことを、ぜひ後世に残してやりたかった」と言う。

 そして、市場氏の略歴が記してある。市場氏は1904(明治37)年、島根県出雲市生まれ。1927(昭和2)年3月に大分県立第一高等女学校に教師として赴任、担当は歴史と国語だったとある。市場氏は36(同11)年4月に佐賀県立女子師範学校に異動した。

 氏はこの間、十時英司氏とともに「郷土史蹟伝説研究会」の名前で「豊後伝説集」「豊府古蹟研究」「豊府紀聞」などを出版しているようだ。豊府紀聞は30(同5)年9月に印刷製本(非売品)、発行された。

 日名子氏による復刻本には市場、十時両氏の「豊府紀聞解説」も付いている。「豊府紀聞は全七巻、写本として伝えられ、府内の地を中心として豊後国内の社寺の縁起・遺跡・伝説・府内歴代城主の事蹟等について詳述したもので(略)大友家初代能直の入国より、日根野家の改易に至る約四百六十年間のことを記す」とまずある。

 そして、この本の特色について「書名の如くむしろ俗間の伝説、口碑の収載にあるというべきで、ことに社寺の縁起・旧蹟の由来等については、著者の最も力を入れているところで」などと解説している。

 当時の庶民の暮らしを垣間見るのに貴重な資料というわけだ。面白そうな資料に思えるが、地元大分でこの書物の存在はどれほど知られているのだろうか、研究している人は今はいないのだろうか。

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