ジュニア防災リーダー

1日目は養成講座の1日目は4人の講師の話を聞いた 臼杵市ジュニア防災リーダー養成講座の1日目が17日、臼杵市消防本部であった。中学2年生を対象に3日間の日程で行う。初日は4人の講師を招いて「臼杵市の災害史」「消防団活動」「地域防災活動」などについて学んだ。中2生とともに会場の一番後ろで講義を聞いてみた。 続きを読む ジュニア防災リーダー

4月26日の佐伯駅は

 1945(昭和20)年4月26日。米軍の攻撃が佐伯城址(城山)の麓に広がる住宅街に及び、投下された爆弾で28人の市民が即死した。

 前日(15日)の佐伯支局長日誌「お地蔵さんはどこに」で、このことを紹介した。4月26日の空襲については「佐伯市史」にもあり、養賢寺の地蔵尊の写真も掲載されている。

 ただ、佐伯市史の記述は概括的で、空襲の状況を具体的に知ろうとすると物足りない。そう思いながら、佐伯市立佐伯図書館で「佐伯駅四十年史」を手にとってみた。すると空襲による被害の状況が細かく描写されていた。

 今年で開業100年の佐伯駅。駅前には10月に開かれる西日本B-1グランプリの幟がはためく 佐伯駅は今年で開業100年となる。四十年史が出されたのは60年前。1956(昭和31)年12月で戦争の記憶も生々しかったはずだ。 続きを読む 4月26日の佐伯駅は

お地蔵さんはどこに

 タイトルを「『大分の空襲』を読む(その2)」としても良かった。前日に続き、今日も一部を引用してみたい。城山の麓にある養賢寺は大きなお寺である 「養賢寺の地蔵尊」と見出しがついた文章があった。空襲で犠牲になった家族の話である。そこに書かれた地蔵尊を探しにいったのだが、結論を言えば、よく分からなかった。 続きを読む お地蔵さんはどこに

「大分の空襲」を読む

 「大分の空襲」は30年以上前に購入した本だ終戦の日を前に本棚から「大分の空襲」(大分の空襲を記録する会発行)を引っ張りだした。本の一番後ろに「昭和50年8月15日 初版発行」「昭和59年6月30日 第2版発行」とある。西暦でいえば初版が1975年に、第2版が84年に発行されている。第2版を購入した当時は大分勤務だった。 続きを読む 「大分の空襲」を読む

13日はお盆休みです

由布岳を背景にした由布院盆地の水田の稲は順調に育っていた 13日は盆休みをとりました。ちょっと「由布院」に立ち寄ったので簡単に報告を。由布市湯布院町を訪ねたのは4月30日以来(佐伯支局長日誌「GW情報―国道210号」)となる。4月30日の前日29日は震度5強の余震があった。4月の一連の地震の影響からどれくらい回復したのだろうか。少し由布院温泉などを歩いてみた。 続きを読む 13日はお盆休みです

図書館と吉丸一昌先生

 7月23日の佐伯支局長日誌で「吉丸一昌記念館」を見学した話を書いたところ「もう少し勉強して下さい」との注文をいただいた。そこで今日はちょっと時間が空いたので「吉丸一昌」をキーワードに検索をかけてみることにした。城下町の町並みにあった臼杵図書館の建物臼杵市立臼杵図書館では「吉丸一昌望郷の歌」(吉田稔著 臼杵音楽連盟発行)以外は見つけることができなかった。ならばと大分県立図書館横断検索システムを使って、県内の図書館の蔵書を調べてみた。 続きを読む 図書館と吉丸一昌先生

合言葉は4年後の東京

6位になった渡辺一平選手の健闘をたたえて紙吹雪がまった 上の写真は4年後の東京オリンピックの時にタイムスリップして撮影したものではない。11日の写真である。リオデジャネイロ五輪の男子200m平泳ぎの決勝で津久見市出身の渡辺一平選手が6位になった。その健闘をたたえて津久見市民会館会議室の大型テレビの前で応援観戦していた人々が、用意していた紙吹雪をまいたのだ。

 折角だからと一緒にくす玉も割った。中に見える「メダル獲得おめでとう」の垂れ幕は余計だが、地元の願い、本音でもある。だから、合言葉は「4年後の東京」。渡辺選手のリオでの活躍で地元は夢をつないだ。 続きを読む 合言葉は4年後の東京

トップ通過に会場歓喜

テレビでトップ通過が告げられると会場には紙吹雪が舞った 思いも寄らぬ展開といっては失礼だが、まさかトップ通過するとは誰も思ってもいなかったのではないか。未明にあった男子200m平泳ぎの予選では全体の8位で準決勝へ。素人目には何とか決勝に残れればと考えるのが自然に思える。それが自己ベストを大幅に更新してトップに。嬉しい誤算に会場は歓喜に包まれた。 続きを読む トップ通過に会場歓喜