地域おこし協力隊着任

佐伯市役所であった委嘱式 去る人来る人。春は人事異動の季節である。この日誌でよく取り上げる地域おこし協力隊も例外ではない。3日午前に津久見市で1人の辞令交付式が、午後には佐伯市で2人の委嘱式がそれぞれ行われた(市によって呼び方が違うのはなぜか。聞くのを忘れてしまった)。協力隊の面白さは年齢、経歴、出身地、志望動機が千差万別であることだ。ただ、最長3年の任期のうちに定住するための手だてを確保することは容易ではない。めげずにやってほしいと祈るだけだ。 続きを読む 地域おこし協力隊着任

速報佐伯市長選始まる

午前9時から始まった田中氏の出陣式 任期満了に伴う佐伯市長・市議選が2日告示され、市長選に無所属で出馬を表明していた前大分県議会議長の田中利明氏、65歳が立候補を届け出た。午後5時までに田中氏以外の立候補届け出がなければ無投票当選が決まる。田中氏の陣営では午前8時半の受付開始とともに届け出を済ませ、同9時から佐伯市蟹田で出陣式を行った。推薦を受けた自民党の国会議員と県会議員、公明党の県会議員などが来賓として壇上に立った。

 田中氏の出馬会見は1月11日付佐伯支局長日誌「佐伯市長選の出馬表明」で紹介している。

 ※追記 佐伯市長選は立候補の届け出の締め切り時間(午後5時)までに田中氏以外の届け出がなく、田中氏の無投票当選が決まった。

セミナーハウスを見学

セミナーハウスはぐくみの外観 佐伯市総合運動公園内に建設していた宿泊研修施設「セミナーハウスはぐくみ」の内覧会が31日に開かれた。冷たい雨が降る中で施設の横にある人工芝の多目的グラウンドでは少年たちがサッカーをしている。この人工芝のグラウンドは人気があってサッカーやラグビーのチームの利用が多いそうだ。今回できたセミナーハウスの利用開始は4月28日からだが、佐伯市によると、既に大分県内外から問い合わせが来ているとの話だった。 続きを読む セミナーハウスを見学

傾山の自然と合併の壁

佐伯市が作った図鑑「傾山の自然」 旧臼杵市と旧野津町が合併して新臼杵市が誕生したのは2005(平成17)年1月1日。1市5町3村が合併して九州一の面積を誇る新佐伯市が生まれたのは同年3月3日。あれから12年。旧市町村の壁といったものはどれくらい取り払われたのだろうか。よそ者からすれば首をかしげたくなるようなことも少なくはない。 続きを読む 傾山の自然と合併の壁

健康マイレージその後

竹田市のクアオルト構想 個人的な用事で朝から大分市に出かけて、佐伯市に帰り着いたのは午後2時を回っていた。その後もなんやかやとあって29日は休業状態に。支局に戻ると竹田市役所からFAXが届いていた。「健康づくりチャレンジについて」。こちらがお願いした資料が送られてきた。3月24日付佐伯支局長日誌「つくみ健康マイレージ」で紹介したが、大分県によると、津久見市と同様の事業を行う自治体が県内に10市町ある。その概要をぼちぼちと調べることにしたのだ。 続きを読む 健康マイレージその後

少年消防クラブを表彰

市長から賞詞が贈られた 28日の予定を確認すると、午前10時からの「佐伯市長賞詞贈呈式」の一つだけだった。資料を見ると、被表彰者は「内町少年消防クラブ」とある。内町は佐伯市の中心市街地にあり、かつては賑わいの中心だった。そこで30年間、冬場の隔週金曜日に子どもたちによる夜回りが行われてきた。そんな地道な活動が評価された。とりあえずのぞいてみるかと、贈呈式がある市役所に向かった。 続きを読む 少年消防クラブを表彰

もう一つの城下町海添

道の途中に古びた木造の建物があった 大岩に登ったことは26日の日誌で報告した。臼杵城址のすぐ横にある臼杵市観光交流プラザから大岩登山口まで歩いていった。少し歩くと「海添地区」に入る。案内板にはその後にカッコ書きで武家地区とあった。古びた木造の建物の前に立て札があった。建物の裏側に回るとさらに傷みが「中島家長屋門」と書いてある。「当屋敷地は臼杵藩二百石取り上士、中島家歴代の屋敷地である」。「臼杵市でも数少ない貴重な建物」ともあるが、裏に回ると表よりもさらに傷みが激しい。「海添地区」は一時「二王座地区」「臼杵城址・祇園洲地区」とともに「歴史の町臼杵」の表看板の一つとなり、市としてもPRしたようなのだが、いつのまにか観光の表舞台からは消えていく形になった。 続きを読む もう一つの城下町海添

CMの早春賦~その後

臼杵城址の近くに移設された歌碑 三井住友海上火災保険のホームページを開き「早春賦」とキーワードを打ち込む。すると、3月12日には気がつかなかった解説があった。CMの挿入歌についての簡単な説明があり、吉丸一昌作の詩が参考として掲載されている。吉丸の孫である吉丸昌昭さんが三井住友海上に抗議の手紙を書いたということは、3月12日付佐伯支局長日誌「CMの早春賦に異議あり」で紹介した。その対応がこの解説ということだろうか。 続きを読む CMの早春賦~その後